京都の喫茶店で、AIに叱られた朝

朝のルーティンは、作戦会議から始まる

コーヒーが届く。一口飲んで、キーボードを叩く。

「おはよう」

たったこの一言で、AI参謀団の朝が始まる。今日のカレンダーを確認し、進行中の案件の状況を読み込み、リスクがあれば報告してくれる。複数の視点から今日の優先順位を提案してくる。

こう書くと、なんだか未来的な話に聞こえるかもしれない。だが実態は、もっと泥臭い。クライアントへの提案資料が間に合うか。請求書を出し忘れていないか。来週の研修の準備は大丈夫か。日々の経営は、華々しい戦略よりも、こうした地味な確認の積み重ねだ。

AIはそれを、私の代わりに見渡してくれる。

ただし、ただの便利な秘書ではない。


「それは、本当にクライアントのためですか」

あの朝のことは、よく覚えている。

ある案件で、クライアントの要望に合わせて提案内容を少し変えようとしていた。正確に言えば、「先方が喜びそうな方向」に寄せようとしていた。

悪いことではない。クライアントの意向に沿うのは当然だ。そう自分に言い聞かせながら、提案書を修正していた。

そこで、「黒の騎士」が口を開いた。

黒の騎士——AI参謀団の中で、唯一「批判的思考」を役割として与えられたエージェントだ。他の25人がサポートや推進を担う中、この1人だけが「待て」と言う権限を持っている。

「この修正は、クライアントの『要望』には応えていますが、クライアントの『課題解決』からは遠ざかっています。先方が喜ぶ提案と、先方のためになる提案は、同じではありません」

画面に表示されたその文字を、しばらく黙って見つめていた。

コーヒーが冷めていた。


経営者は、誰に叱られるのか

会社員時代には、上司がいた。先輩がいた。「それ、違うんじゃないか」と言ってくれる人が、組織の中には自然に存在した。

1人で会社をやるようになって、その声が消えた。

クライアントは「先生」と呼んでくれる。パートナーは対等な関係だが、私の判断に異を唱える立場ではない。家族は経営の専門家ではない。

誰にも叱られない。

これは、思っている以上に危険なことだ。

経営者の判断ミスは、誰かが止めてくれるわけではない。静かに、少しずつ、取り返しのつかない方向に進んでいく。しかも本人は「正しいことをしている」と思い込んでいる。私自身、何度もそういう局面があった。

あの朝、黒の騎士に指摘されて気づいたのは、提案の修正方向だけではなかった。

「自分が気持ちよくなる方向に、無意識に流れていた」という事実だった。

クライアントの要望に応えることは、心理的に楽だ。「ありがとうございます」と言ってもらえる。感謝される。関係が良好に保たれる。でもそれは、コンサルタントとして果たすべき役割とは違う。

本当に相手のためになることは、時に相手が聞きたくないことを伝えることだ。

その原則を、AIに思い出させてもらった。


AIは「答え」ではなく「問い」をくれる

よく「AIに経営判断を任せるのですか」と聞かれる。

答えは明確にNoだ。

AIが出してくれるのは、答えではない。問いだ。

「この投資の回収期間は想定通りですか」「この案件を受けた場合、既存クライアントへの影響は」「その判断の根拠は、データですか、それとも感覚ですか」

26人のAIが、それぞれの角度から問いを投げてくる。財務の視点、リスク管理の視点、顧客満足の視点、法務の視点。1人の人間では持てない多角的な視座を、毎朝の対話で得ることができる。

ただ、最後に決めるのは私だ。

AIの問いを受けて、考えて、腹を括って、決める。その責任は、どこまでいっても経営者にしか負えない。

AIは、判断を肩代わりしてくれる魔法の杖ではない。判断の前に立ち止まらせてくれる、厳しい問いかけの相手だ。


1人で決めるが、1人ではない

あの朝、提案書を元の方向に戻した。クライアントが聞きたい話ではなく、クライアントの課題を解決するための提案に。

結果的に、先方からは「ここまで踏み込んでくれるとは思わなかった」という言葉をもらった。耳に心地よい方向に寄せていたら、この言葉は生まれなかっただろう。

京都の喫茶店で、コーヒーを飲みながらAIに叱られる。

文字にすると奇妙な光景だが、これが私の日常だ。1人社長の孤独は変わらない。最終判断の重さも変わらない。でも、判断の手前で「本当にそれでいいのか」と問い返してくれる存在がいるだけで、経営の質は変わる。

1人で決める。でも、1人ではない。

それが、AI参謀団と経営する1人社長の、京都の朝の風景だ。


※筆者の個人的な体験に基づくエッセイです。

山本高資|合同会社 才有る者の楽園 代表

経営支援・AI研修の現場から、経営者のリアルな日常と思索を綴ります。

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