営業の新常識 #1:飲みに誘えない、褒めたらハラスメント——それでも売れる営業の共通点

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「昔は飲みに連れ出せば受注できた」——その嘆きは正しいか

「山本さん、もう営業なんてできませんよ。飲みにも誘えない、褒めたら『それセクハラですよ』って言われる。どうやって関係を作ればいいんですか」

ある製造業の営業部長、50代後半。彼はかつて、取引先のキーマンと毎週のように飲みに行き、信頼関係を築き、年間数千万円の受注を安定的に取ってきた人だ。

彼の嘆きは、正しい。

かつて飲みニケーションは、日本のBtoB営業における最強の関係構築ツールだった。仕事では見せない本音を共有し、利害を超えた「人と人」のつながりを作る場だった。それが機能していた時代があったことは、事実だ。

しかし、もう戻れない。

これは「良い・悪い」の話ではない。営業を取り巻く構造そのものが変わったのだ。そして構造が変われば、その構造の中で成果を出す方法も変わる。

私は経営支援やAI研修の現場で、さまざまな業種の営業チームと向き合ってきた。「もう営業ができない」と嘆くチームがある一方で、同じ環境の中で静かに成果を出し続けているチームがある。

この記事では、営業の「三重苦」と、それでも売れている営業の共通点について書く。


営業を取り巻く3つの構造変化

構造変化1:飲みニケーションの消滅

2026年のいま、「仕事帰りにちょっと一杯」が自然に成立する職場は少数派になった。

背景にあるのは、単にコロナの後遺症だけではない。若手の価値観が根本的に変わった。仕事とプライベートの境界線を明確にしたい。業務時間外の付き合いを「義務」と感じる。家族や自分の時間を優先したい。こうした意識は、もはや一部の人間だけのものではなく、世代全体の標準になっている。

さらに、取引先との飲食にもコンプライアンスの壁がある。接待の報告義務、金額の上限規定、「利益供与」に該当しないかのチェック。気軽に「今度メシでも行きましょう」と言えない空気は、社内にも社外にも広がっている。

構造変化2:ハラスメントの境界線の曖昧さ

2026年10月からカスタマーハラスメント対策が法的に義務化される。パワハラ防止法の施行から数年、企業のハラスメントへの感度は年々上がっている。

営業の現場で何が起きているか。

「いい仕事してますね」と褒めたら、相手の同僚から「あの人、馴れ馴れしくないですか」と上司に報告される。熱心にフォローすれば「しつこい」と言われ、引けば「やる気がない」と評価される。

「何がハラスメントに該当するか分からないから、最低限の業務連絡以外はしない」——こう語る若手営業は少なくない。これは臆病なのではない。合理的なリスク回避だ。

問題は、この「最低限の業務連絡」だけでは、BtoB営業における信頼関係は構築できないということにある。

構造変化3:オンライン商談の定着と「雑談」の消失

コロナ禍で普及したオンライン商談は、移動時間の削減という恩恵をもたらした。一方で、失われたものも大きい。

対面の商談では、会議室に入る前のエレベーターの中で、あるいは名刺交換のあとに、自然に雑談が生まれた。「御社の近くに美味しいラーメン屋ができたらしいですね」「お子さん、もう小学生ですか」——こうした何気ない会話が、実は関係構築の土台だった。

オンライン商談にはこの「余白」がない。Zoomが接続されたら即座に本題に入り、議題が終わったら「お忙しいところありがとうございました」で退室ボタンを押す。効率的だが、人間的なつながりを生む余地がほとんどない。

この3つの変化は、それぞれが独立した問題ではなく、同時に起きている。だからこそ「三重苦」なのだ。


それでも売れている営業の共通点——「問い」で関係を築く

では、この三重苦の中で成果を出しているチームは、何をしているのか。

結論から言えば、彼らは「教える営業」から「引き出す営業」に転換している。

コンサルティングの現場で見てきた限り、成果を出し続けている営業担当者には、ある共通した行動パターンがある。それは、相手に「問い」を投げかけることで関係を築いているということだ。

飲みに行かなくても、過剰に褒めなくても、営業時間内の会話だけで深い信頼関係を作れる人がいる。その違いは「話す内容」ではなく「問いかけの質」にある。

従来型と「問い」型の違い

従来型の営業は、おおむねこういう構造だった。

  1. 関係構築(飲み・雑談・ゴルフ)
  2. ヒアリング(課題を聞く)
  3. 提案(解決策を提示する)
  4. クロージング

ここでの関係構築は、営業活動の「外側」で行われていた。だから飲みニケーションが使えなくなると、関係構築の手段を失ってしまう。

一方、成果を出している営業は、商談そのものが関係構築の場になっている。

彼らは最初の5分で、相手が思わず考え込むような「問い」を投げる。

「御社のこの製品、業界では非常に評価が高いですが、なぜそれが価格に反映されていないのでしょうか?」

「いま一番困っているのは売上ですか? それとも、売上はあるのに利益が残らないことですか?」

「もし今の課題が解決したとして、3年後にどんな状態になっていたいですか?」

これらは単なるヒアリングではない。相手の思考を深掘りし、本人すら言語化できていなかった課題を浮かび上がらせる「問い」だ。


「前提設計(クエスチョン・デザイン)」の営業応用

私はこの「問いで関係を築く」アプローチを、経営支援の現場で「前提設計」と呼んでいる。

前提設計とは、相手の認識している「前提」を問い直すことで、見えていなかった課題や機会を浮かび上がらせる技法だ。

営業で多くの人がやりがちなのは、相手が言葉にした「困っていること」をそのまま受け取って、解決策を提示するパターンだ。しかし、相手が言葉にできているのは表面的な症状であって、本質的な原因ではないことが多い。

医者に例えると分かりやすい。患者が「頭が痛いんです」と言ったとき、すぐに頭痛薬を出すのは対症療法だ。優れた医師は「いつから痛みますか?」「どんなときに悪化しますか?」「最近、生活で変化はありましたか?」と問いを重ねて、根本原因に迫る。

営業も同じだ。

「コスト削減したい」という要望の背景に、実は「社長が交代して、前社長時代の投資が全否定されている」という組織的な問題が潜んでいることがある。「新しいシステムを入れたい」の裏に、「現場が言うことを聞かないので、仕組みで管理したい」というマネジメント課題が隠れていることもある。

前提設計をベースにした営業は、こうした「見えていない構造」を一緒に探っていく。その過程で、相手は「この人は、表面的な売り込みではなく、本質を理解しようとしている」と感じる。

これが、飲みに行かなくても生まれる信頼だ。


具体的な実践法——明日から使える3つのアクション

アクション1:初回商談の「最初の5分」を変える

多くの営業担当者は、初回商談の冒頭で自社紹介をする。会社概要のスライドを見せて、実績を並べて、「何かお困りのことはありませんか?」とヒアリングに入る。

これを変える。

初回商談の最初の5分は、相手の会社について「自分が調べてきたこと」を伝え、そこから生まれた「問い」を投げることに使う。

「御社のWebサイトと直近の決算情報を拝見しました。売上は堅調に推移されていますが、営業利益率が業界平均を下回っているように見えます。差し支えなければ、このあたりの背景をお聞かせいただけますか?」

この一言で、2つのことが伝わる。「事前に調べてきている=本気で向き合っている」ということ。そして「表面的な売り込みではなく、経営の本質に関心がある」ということ。

アクション2:フォローアップを「価値提供型」に変える

商談後のフォローメールで「先日はありがとうございました。ご検討のほどよろしくお願いいたします」だけでは、何の価値も提供していない。

成果を出している営業は、フォローアップで「情報という価値」を渡す。

「先日のお話の中で、○○という課題が印象的でした。類似の課題に取り組んだ事例をまとめましたので、ご参考になればと思います」

「商談では触れませんでしたが、御社の業界で最近○○という動きがあります。御社にも影響がありそうでしたので共有させてください」

ポイントは、自社製品の売り込みとは関係なく、相手のビジネスにとって有用な情報を渡すことだ。これを継続すると、「この営業担当者は、売り込みたいだけではない。自分の会社のことを本当に考えてくれている」という認識が相手の中に生まれる。

アクション3:AI活用で「人間力」に集中する時間を確保する

前述のような商談準備——相手企業の分析、業界動向のリサーチ、類似事例の整理——は、かつては数時間を要する作業だった。これをAIに任せる。

いまのAIは、企業のIR情報の要約、業界ニュースの整理、競合他社の動向分析を、人間の何倍もの速度でこなせる。商談準備の定型部分をAIに委ね、営業担当者は「この情報をもとに、どんな問いを投げるか」という最も人間的な部分に集中する。

ここで注意すべきは、AIが出してきた分析結果をそのまま商談で使わないことだ。AIの分析はあくまで素材であり、それを自分の言葉で咀嚼し、相手の文脈に合わせた「問い」に変換するのは、営業担当者の仕事だ。


世代を超えた「仕事上の信頼」の築き方

「飲みニケーションがなくなったら、若手との関係はどうすればいいんですか」——この質問もよく受ける。

私の経験では、世代を超えた信頼関係は、むしろ「問い」のアプローチの方が築きやすい。

なぜか。飲みの席での関係構築は、本質的には「時間の共有」による信頼の醸成だ。長い時間を一緒に過ごすことで「この人は悪い人じゃない」という安心感を得る。しかし、若い世代はその「時間の投資」に対するリターンを冷静に計算する。業務時間外に上司と飲みに行く2時間で、自分が得られるものは何か——そう考える人に、飲みニケーションは刺さらない。

一方、仕事の中で「鋭い問いを投げてくれる上司」は、若手にとって価値がある。自分では気づけなかった視点を示してくれる。思考の質が上がる。それは仕事上のリターンとして明確だ。

「あの先輩と話すと、自分の考えが整理される」「あの上司は、ちゃんと自分の話を聞いた上で問いかけてくれる」——こういう評価が生まれたとき、世代を超えた信頼関係は、飲みに行かなくても成立する。


営業は「人間力」の仕事。ただし、その定義が変わった

かつての「人間力」は、酒が強い、話が面白い、気前がいい、人懐っこい——こうした属性と結びついていた。それは間違いではなかったし、いまでも機能する場面はある。

しかし、構造が変わったいま、営業における「人間力」の定義も更新が必要だ。

いまの時代に求められる営業の人間力とは何か。私はこう考えている。

相手の課題の本質に迫る「問い」を立てる力。そして、相手が自分で答えを見つけるのを、辛抱強く待つ力。

教えるのではなく、引き出す。売り込むのではなく、一緒に考える。その姿勢こそが、飲みニケーションの代わりになる——いや、飲みニケーション以上に強い信頼を生む営業のあり方ではないだろうか。

AI時代が進めば進むほど、「正しい答え」の価値は下がっていく。AIはいくらでも答えを出してくれるからだ。しかし、「正しい問い」を立てる力は、むしろ希少性を増していく。

営業の武器は、もう酒の強さではない。「問いの質」だ。


まとめ

  • 飲みニケーション消滅・ハラスメントリスク・オンライン商談定着の「三重苦」は構造的な変化であり、元には戻らない
  • それでも売れている営業は、「問い」で関係を築いている——相手の課題の本質に迫る問いかけが、飲みの代わりになる
  • 具体的には、(1) 初回商談の最初の5分で「調べてきた事実+問い」を投げる、(2) フォローアップで「価値提供型」の情報を渡す、(3) AIで準備を効率化し「問いを立てる時間」に集中する
  • 営業における「人間力」の定義は変わった。問いを立てる力こそが、これからの営業の最大の武器になる

※本記事の事例は、筆者の支援・研修経験および調査・取材に基づいています。プライバシー保護のため、詳細は編集・再構成しています。


山本高資(やまもと たかし)
合同会社 才有る者の楽園 代表。ソフトバンクBB/Mobile時代に全国トップクラスの営業成績を残した後、複数の事業を創業。現在は「理念駆動型プロダクトアウト企業」を専門に、営業戦略・事業戦略・AI活用の経営支援を行う。2026年より京都大学経営管理大学院にて経営学を学ぶ。


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山本高資|合同会社 才有る者の楽園 代表

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