「値上げなんて無理です」と言っていたIT企業が、3ヶ月で単価1.5倍にできた理由

「うちは値段で選ばれてるので」

その言葉を、営業部長の河野さん(42歳)は当然のように口にした。

東海地方のシステム開発会社。売上5億円、従業員30名。中堅・中小企業向けの業務システム開発とサーバー保守を手がけていた。技術力には定評がある。納品物の品質で大きなクレームが出たこともない。

にもかかわらず、この3年間、営業チームは値引き合戦の中にいた。

「競合が見積もりを出してきたら、うちはそれより少し安くする。そうしないと取れないんです」

河野さんの説明は論理的だった。市場にはシステム開発会社が無数にある。顧客は複数社から相見積もりを取る。技術的な差は顧客から見えにくい。結果、価格が唯一の判断基準になる——と。

社長の村瀬さん(58歳)から相談を受けたとき、数字はこうだった。粗利率22%。3年前は31%あった。年間売上は微増しているのに、利益は減り続けている。

「このまま行くと、2年後には赤字になる」。村瀬社長はそう言った。


値引きは「営業力」ではない

私がコンサルティングの現場で繰り返し目にする構造がある。「値引きで受注すること」を「営業力」だと信じている組織だ。

河野さんの営業チームは6名。全員が真面目で、顧客対応も丁寧だった。しかし、彼らの営業プロセスを一つひとつ聞いていくと、ある共通点が浮かび上がった。

最初の提案で、いきなり見積もりを出していた。

顧客から「こういうシステムを作りたい」と言われたら、要件を聞いて、工数を見積もって、金額を提示する。顧客が「高い」と言えば削る。他社が安ければさらに削る。

一見すると合理的に見える。しかし、この流れには致命的な欠陥がある。

顧客の「本当の課題」に触れる前に、価格の話に入ってしまっている。

価格の話が始まった瞬間、商談は「比較の土俵」に乗る。比較の土俵に乗れば、価格以外の判断基準は消えていく。これは営業チームの能力の問題ではない。商談の「順番」の問題だ。


「お客さんは、何に困っているんですか」

最初の研修で、私は河野さんのチームにこう聞いた。

「直近で受注した3件、お客さんが本当に困っていたことは何ですか」

6人の営業が顔を見合わせた。しばらく沈黙が続いた後、一人が答えた。

「……在庫管理システムのリプレイスです」

「それは”何を作ったか”ですよね。聞きたいのは、お客さんが”なぜそれを必要としたのか”です」

再び沈黙。

これは珍しいことではない。多くのIT企業の営業は、「何を作るか」には詳しいが、「なぜ作るのか」を深掘りしていない。顧客自身も「在庫管理を効率化したい」としか言語化できていないことが多い。

しかし、「なぜ」を掘り下げると、見える景色が変わる。

在庫管理システムのリプレイスが必要だったのは、現行システムが古くて使いにくいからではない。欠品による失注が年間800万円発生していて、営業部長が毎月、社長に詰められていたからだ。

課題の解像度が上がると、提案の質が変わる。そして提案の質が変わると、価格の意味が変わる。


3ヶ月間で変えた「商談の順番」

私が河野さんのチームと取り組んだのは、高度な営業テクニックではない。商談の「順番」を変えることだった。

従来の流れはこうだ。

要件ヒアリング → 見積もり → 価格交渉 → 受注 or 失注

これを、こう変えた。

課題の深掘り → 原因の再定義 → 解決後の未来像の共有 → 提案 → 合意

具体的には、初回の商談で見積もりを出すことを禁止した。代わりに、「お客さんの課題を3階層で聞いてくる」というルールを設けた。

  • 1階層目: お客さんが言っている課題(表層)
  • 2階層目: その課題が起きている原因(構造)
  • 3階層目: その原因を放置すると何が起きるか(影響)

河野さんは最初、露骨に抵抗した。

「見積もりを出さないと、お客さんに『持ち帰りですか?』って思われますよ」

私は答えた。「持ち帰っていいんです。見積もりの前に、お客さん自身が気づいていない課題を見つけることのほうが、よほど価値がある」


最初の成功体験

転機は研修開始から6週間目に訪れた。

営業の田中さん(28歳、入社3年目)が、ある製造業の顧客との商談で「3階層ヒアリング」を実践した。

顧客の依頼は「生産管理システムの改修」だった。従来なら、要件を聞いて見積もりを出す。田中さんはそうしなかった。

1階層目: 「生産管理システムを改修したい」
2階層目: 「なぜですか?」→「現場の入力が追いつかず、データが2日遅れになっている」
3階層目: 「データが遅れると、何が起きていますか?」→「営業が顧客に納期回答できない。クレームが月3件出ている。1件あたりの対応コストが約15万円」

田中さんは見積もりを出さずに帰社した。そして翌週、こう提案した。

「御社の課題は、生産管理システムの改修ではありません。営業部門が顧客にリアルタイムで納期回答できる仕組みがないことです。 システム改修はその手段の一つですが、もっと効果的な方法があります」

提案内容は、生産管理システムの改修に加えて、営業向けのダッシュボード構築と、データ入力の自動化を組み合わせたパッケージだった。

見積もり金額は、当初の改修依頼の2.3倍。しかし、顧客はほとんど値引き交渉をせずに発注した。

なぜか。「年間540万円のクレーム対応コストを解消する投資」として提案されていたからだ。 投資対効果が明確な提案に対して、単価の安い・高いという議論は起きにくい。

田中さんが報告に来たとき、河野さんは黙って聞いていた。そして一言だけ言った。

「……これ、俺もやっていいのか」


「価格」ではなく「価値の伝え方」の問題だった

3ヶ月後の数字はこうだった。

  • 平均案件単価: 1.5倍(380万円 → 570万円)
  • 粗利率: 22% → 34%(3年前の水準を上回った)
  • 商談期間: 平均2週間 → 平均4週間(長くなった)
  • 受注率: 38% → 41%(微増)
  • 値引き要請率: 72% → 28%

商談期間が伸びたことを気にする人もいるかもしれない。しかし、1件あたりの利益が大幅に増えているため、営業効率は改善している。何より、値引き要請がほぼ3分の1に減ったという事実が大きい。

営業チームの精神的な負荷も目に見えて軽くなった。「価格で勝負する」営業は、勝っても達成感が薄い。「自分たちの価値を認めてもらう」営業は、受注そのものが自信になる。

河野さんは3ヶ月目の振り返りでこう言った。

「値上げしたんじゃないんですよね。お客さんが見えていなかった課題を見つけて、それを解決する提案をしただけ。結果的に単価が上がっただけで」

その通りだ。値上げの問題ではなく、価値の伝え方の問題だった。


なぜ「順番」を変えるだけで、これほど変わるのか

私の持論を書く。

多くの営業組織が価格競争に陥る原因は、営業力の不足ではない。商談の中で「この会社にしか頼めない」と感じる瞬間を作れていないことだ。

顧客が相見積もりを取るのは、どの会社に頼んでも同じだと思っているからだ。逆に言えば、「この会社は、うちの課題をうちの社員より深く理解している」と感じたとき、顧客は比較をやめる。

そのために必要なのは、華麗なプレゼンでも、圧倒的な技術力でも、値引きの余地でもない。顧客自身が気づいていない課題を、顧客より先に見つけること。 そしてそれを、押しつけではなく「気づき」として手渡すこと。

これは結局、「教える営業」から「気づかせる営業」への転換だ。

河野さんのチームは、この転換を3ヶ月で実現した。特別な才能があったわけではない。商談の「順番」を変え、最初の1件で成功体験を得て、チーム全体に広がっただけだ。


価格競争から抜け出すための、たった一つの問い

もしあなたの会社が価格競争に苦しんでいるなら、一つだけ問いかけたい。

「お客さんが本当に困っていることを、お客さんより深く理解できていますか?」

この問いに自信を持って「はい」と答えられる営業組織は、価格で競争する必要がない。答えられないなら、値上げの前にやるべきことがある。

値上げは結果だ。原因は、顧客の課題に対する解像度にある。

河野さんのチームがそうだったように、変わるきっかけは意外とシンプルだ。「見積もりを出す前に、もう一つだけ聞いてくる」。それだけで、商談の景色は変わり始める。


※本記事の事例は、筆者の支援・研修経験および調査・取材に基づいています。プライバシー保護のため、企業名・人物・状況等は架空の設定を含み、再構成しています。

山本高資|合同会社 才有る者の楽園 代表
経営伴走支援・AI研修・営業組織改革。中小企業の「才有る者」が、その才を最大限に活かせる経営を支援しています。

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