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「売上を上げたい」と言う社長に、売上の話をしてはいけない
ある食品加工会社の社長に、初めてお会いしたときのことだ。
開口一番、こう言われた。「売上を上げたいんです。新規開拓がうまくいかなくて。何かいい方法はありませんか」
素直に聞けば、「新規開拓の方法」を提案すればいい話だ。多くの営業はここで、自社の新規開拓支援サービスの説明を始めるだろう。DXツールを売る営業なら、リード獲得の仕組みを提案するかもしれない。
しかし、その場で新規開拓の話をしても、おそらくこの社長の課題は解決しない。なぜなら、「売上を上げたい」は課題ではないからだ。それは症状だ。
前回の記事で、商談の7割は「問診」で決まるという話を書いた。問診の3層構造——表層課題の受容、背景構造の探索、本質課題の共同発見——を通じて、相手と一緒に課題を掘り下げていくプロセスだ。
今回は、その問診の先にある、もう一段踏み込んだ技術について書く。「原因再定義」だ。
課題をそのまま受け取ると、価格競争に巻き込まれる
なぜ、相手が語った課題をそのまま受け取ってはいけないのか。
理由は明確だ。相手が言語化している課題は、多くの場合、すでに他の営業にも話している。つまり、同じ課題に対して複数の提案が並ぶことになる。
「新規開拓を強化したい」——この課題を受け取った営業がA社、B社、C社の3社いたとする。3社とも「新規開拓支援」の提案を出す。すると経営者の判断基準は何になるか。価格だ。あるいは、実績の数だ。
同じ課題に対する提案は、どうしても横比較される。横比較が始まれば、差別化は難しくなる。
逆に、課題そのものを再定義できれば、比較の土俵が変わる。「新規開拓の問題」だと思っていたものが、「既存顧客の単価が低すぎる問題」だと分かれば、他の3社の提案はすべて的外れになる。比較対象がいなくなるのだ。
これが、原因再定義の最も実務的な意味だ。
原因再定義とは何か——「問い直す」技術
原因再定義を一言で言えば、「相手が”原因”だと思っているものを、一緒に問い直すプロセス」だ。
先ほどの食品加工会社の例に戻ろう。
社長は「新規開拓がうまくいかない」と言った。前回紹介した問診の3層構造に従って、まず表層を受け取り、背景構造を探っていく。
「新規開拓、具体的にはどんなアプローチをされていますか?」
「展示会に出たり、既存のお客さんに紹介をお願いしたり。でも最近は展示会の反応も鈍くて」
「なるほど。ちなみに、既存のお客様の取引は安定していますか?」
「ええ、既存は安定しています。もう10年以上のお付き合いのところが多いので」
「10年以上。素晴らしいですね。ちなみに、10年前と今とで、取引内容は変わっていますか?」
「……いや、正直あまり変わっていないですね。同じ商品を、同じ量、同じ価格で」
「同じ価格というのは、10年前の価格のままということですか?」
「……そうですね。原材料は上がっているんですが、値上げの交渉がなかなか」
ここで、課題の輪郭が変わり始める。
売上が伸びない原因は「新規が取れない」ことではなく、「既存顧客の取引条件が10年前から更新されていない」ことだった。もっと言えば、値上げ交渉ができない——自社の提供価値を言語化し、価格転嫁を正当化する力がない——というのが根本にあった。
この社長は、自分の会社の課題を「新規開拓」だと認識していた。しかし本当の課題は「既存顧客との関係の再設計」だった。
なぜお客様は”本当の課題”を知らないのか
ここで一つ、大事な前提を共有しておきたい。
お客様が本当の課題を語らないのは、隠しているからではない。本当に知らないのだ。
これは当然のことだ。私たちも自分自身の課題を正確に把握しているかと問われれば、首を傾げるだろう。人は自分が見えている範囲の中で課題を定義する。見えていない構造の中に本当の原因がある場合、それは定義のしようがない。
経営者は、自社の内側にいる。毎日同じ風景を見ている。同じ顧客と話し、同じ社員と働き、同じ数字を見ている。その環境の中で「課題は何か」と考えれば、目の前で目立っている症状を課題だと認識する。
「売上が落ちている」「人が辞める」「DXが進まない」——これらはすべて症状だ。原因ではない。
医療に例えるなら、頭痛という症状に対して、鎮痛剤を処方するのか、それとも血圧を調べるのかの違いだ。患者は「頭が痛い」と言う。そして「頭痛薬をください」と言う。しかし、本当に必要なのは血圧の管理かもしれない。
営業の場面でも同じことが起きている。お客様は症状を訴え、その症状に対する解決策を求めている。しかし、その症状の原因は別のところにある。
原因再定義とは、この「症状」と「原因」のズレを、お客様と一緒に発見するプロセスだ。
原因再定義の3つのステップ
では、具体的にどうやって原因を再定義するのか。私がコンサルティングや研修の現場で実践しているプロセスを整理する。
ステップ1:相手の認識を「完全に」受け取る
原因再定義の最大の落とし穴は、相手の話を途中で遮って「本当の原因はこれですよ」と言ってしまうことだ。
これをやると、どんなに正しい指摘でも拒絶される。人は、自分の認識を否定されると防衛に入る。「この人は私の話を聞かずに、自分の売りたいものを押し付けようとしている」と感じる。
だから、最初のステップは徹底的に受容だ。前回の記事で書いた問診の第1層と同じだ。
「売上を上げたいんですね」「新規開拓がうまくいっていない」「展示会の反応も鈍い」——相手の認識を一つひとつ、相手の言葉で復唱する。ここに異論は挟まない。
研修でこの話をすると、営業経験の長い人ほど「でも明らかに原因が違うのに、黙っていていいんですか?」と聞く。いい。黙っていていい。むしろ黙っていなければならない。
相手が「この人は自分の話をちゃんと聞いている」と感じるまでは、どんな鋭い分析も届かない。
ステップ2:「接続詞の問い」で視野を広げる
受容が十分にできたら、次は相手の視野を少しだけ広げる問いを投げる。
ここで私がよく使うのは、「ちなみに」「そういえば」「ところで」という接続詞で始まる問いだ。
「ちなみに、既存のお客様の取引条件は最近見直されましたか?」
「そういえば、御社の商品の単価は、競合と比べてどのあたりに位置していますか?」
「ところで、営業チームの方は、自社の商品の強みをどう説明されていますか?」
これらの問いは、相手が語った課題の「隣の領域」に視線を向けさせる。相手が「新規開拓」だけを見ているとき、「既存顧客」や「価格設定」や「価値の言語化」という隣接する領域に意識を向けてもらう。
ポイントは、この問いが「否定」ではなく「拡張」であることだ。「新規開拓が問題じゃないですよ」とは言っていない。「新規開拓の話をもう少し広く見てみませんか」と言っている。
この違いは繊細だが、決定的に重要だ。
ステップ3:相手が自分で「気づく」瞬間を作る
視野が広がると、相手の中で認識の再構成が始まる。
「……確かに、新規を取ることばかり考えていたけど、既存の取引を見直したほうが早いかもしれないな」
「そうか、値上げできていないのが根本的な問題か……」
この言葉は、こちらが言わせたのではない。こちらは問いを投げただけで、結論は相手が出した。
これが原因再定義の核心だ。「教える」のではなく「気づかせる」。前回の記事で書いた「本質課題の共同発見」を、さらに一段深めたものと考えていい。
私の経験上、この瞬間の前には、ほぼ例外なく沈黙がある。相手が黙り込み、天井を見たり、腕を組んだりする。頭の中で、これまでの認識が組み替わっている時間だ。前回の「10秒ルール」が、ここでも効く。
「教える営業」と「気づかせる営業」の決定的な差
ここで一つ、私が強く主張しておきたいことがある。
世の中の営業研修の多くは、「課題を特定し、ソリューションを提案する」ことを教える。SPIN営業やソリューション営業といったフレームワークも、基本的にはこの構造だ。
これ自体は間違っていない。しかし、このアプローチには構造的な限界がある。「教える」側と「教わる」側の関係が固定されてしまうのだ。
営業が課題を特定し、「御社の問題はこれです」と教え、「だからこのソリューションが必要です」と提案する。この構造では、営業は「売る人」であり、顧客は「買う人」だ。上下関係、あるいは少なくとも「売り手と買い手」という利害関係の中での対話になる。
原因再定義は、この関係を変える。
相手が自分で課題に気づいたとき、営業は「教えた人」ではなく「一緒に考えてくれた人」になる。これは、関係の質がまったく異なる。
「教えた人」への感謝は、取引が終われば薄れる。しかし「一緒に考えてくれた人」への信頼は、取引を超えて残る。第2回で書いた「紹介が生まれる条件」の一つ、「課題が再定義された体験」とは、まさにこのことだ。
原因再定義を阻む2つの罠
この技術は、頭では理解できても実践が難しい。阻む罠が二つある。
罠1:知識がある人ほど「答えを言いたくなる」
業界経験が豊富な営業、技術に精通した営業ほど、相手の話を聞いている途中で原因が分かってしまう。そして、つい言ってしまう。「それはおそらく、御社の価格設定の問題ですね」と。
分析としては正しい。しかし、営業としては失敗だ。
相手は「そんなことは分かっている」と感じるか、「初めて会った人間に何が分かるんだ」と反発するか、どちらかだ。いずれにしても、課題に対する当事者意識は生まれない。
答えが見えているときほど、それを問いに変換する訓練が要る。「御社の価格設定の問題ですね」を、「10年前と今とで、取引内容は変わっていますか?」に変換する。同じ場所にたどり着くが、たどり着いたのは相手自身だ。
罠2:「早く提案に入りたい」という焦り
営業には数字がある。月末が近づけば、一件でも多く提案を出して成約に持ち込みたい。問診に時間をかけている余裕はない——そう感じるのは自然だ。
しかし、ここに構造的な矛盾がある。問診を省いて提案を急げば、成約率は下がる。成約率が下がれば、より多くの商談をこなす必要が生まれ、一件あたりの時間はさらに短くなる。悪循環だ。
私がこれまで見てきた中で、安定して高い成約率を維持しているチームは、例外なく商談の前半に時間をかけている。1回の商談で成約を急ぐのではなく、2回目、3回目の商談で原因再定義が起きるように設計している。
急がば回れ、という使い古された言葉の通りだが、営業の現場でこれを実践できているチームは少ない。
原因再定義の「型」——明日から使う3つの問い
最後に、原因再定義を実践するための具体的な問いの型を3つ紹介する。
問い1:「もし〇〇が解決したら、次に何が課題になりますか?」
相手が語った課題を仮に解決済みとして、その「次」を聞く問いだ。
「もし新規開拓がうまくいって、月に5社新規が増えたとします。そのとき、次に何が課題になりますか?」
この問いへの答えが、本当の課題であることが多い。「5社増えても、利益率が低いから意味がないかもしれない」「受注が増えても、製造が追いつかない」——こうした答えが出たとき、相手は「新規開拓」の手前にある問題に自分で気づく。
問い2:「この課題は、いつ頃から感じていましたか?」
課題の時間軸を聞く問いだ。
多くの場合、課題は最近始まったものではない。「3年前から」「コロナの頃から」「先代から引き継いだ時から」——時間軸が長い課題は、根が深い。そして、根が深い課題の原因は、表面に見えているものとは別の場所にある。
「3年前から売上が横ばい」と聞けば、「3年前に何がありましたか?」と続ける。そこから、業界構造の変化や社内体制の変化など、本当の原因に近づいていける。
問い3:「御社の強みは何ですか?——と聞かれたら、何と答えますか?」
これは少し変わった問いだが、原因再定義において非常に強力だ。
多くの中小企業の経営者は、この問いに即答できない。あるいは「品質」「対応力」「技術力」といった、競合も同じことを言いそうな言葉が返ってくる。
ここで「それは御社だけの強みですか?」と静かに問い返す。相手が黙り込んだとき、「自社の価値が言語化できていない」という根本課題が浮かび上がる。
そして、自社の価値が言語化できていないことが、値上げ交渉ができない理由であり、紹介が生まれない理由であり、新規開拓で差別化できない理由だと、相手自身が気づき始める。
まとめ
- 相手が語る課題は「症状」であり、「原因」ではないことが多い
- 症状をそのまま受け取って提案すると、横比較→価格競争に巻き込まれる
- 原因再定義とは、相手と一緒に「本当の原因」を発見するプロセスだ
- 3ステップ:完全な受容→接続詞の問いで視野拡張→相手の自発的な気づき
- 「教える」のではなく「気づかせる」ことで、営業は「一緒に考えてくれた人」になる
- 知識がある人ほど答えを言いたくなる罠と、提案を急ぎたくなる罠に注意する
※本記事の事例は、筆者の支援・研修経験および調査・取材に基づいています。プライバシー保護のため、企業名・人物・状況等は架空の設定を含み、再構成しています。
山本高資(やまもと たかし)
合同会社 才有る者の楽園 代表。ソフトバンクBB/Mobile時代に全国トップクラスの営業成績を残した後、複数の事業を創業。現在は「自らの信念と技術で価値を生み出す企業」を専門に、営業戦略・事業戦略・AI活用の経営支援を行う。2026年より京都大学経営管理大学院にて経営学を学ぶ。
