
「うちの商品は良い」と言えてしまう怖さ
経営支援の現場で、私が最も慎重に扱う場面がある。
社長が目を輝かせて自社の商品を語るとき、だ。
「うちの商品は本当に良いんですよ」「このサービスは他にない」「お客さんには必ず喜んでもらえる」
こうした言葉を聞いたとき、私は「いい会社だな」とは思わない。「ここに虚飾がないか」と考える。
なぜなら、自社の商品が良いと”思える”ことと、市場で”選ばれている”ことは、まったく別の話だからだ。
「経営の設計図」シリーズの第1回では「持続成功の方程式」、第2回では「危険源の特定」、第3回では「超属人化×AI仕組み化」について書いてきた。今回は、方程式の中で唯一「引き算」で効く変数——「虚飾」について書く。
持続成功の方程式における「虚飾」の意味
改めて方程式を示す。
(構想 × 実行者 × 資本 − 虚飾) × 速度 ÷ 減衰 = 持続的成功
構想、実行者、資本は掛け算だ。どれか一つがゼロなら全部ゼロになる。速度はレバレッジであり、減衰はすべてを蝕む。
そして虚飾は、唯一「引き算」で効く変数だ。
構想がどれだけ明確でも、実行者がどれだけ優秀でも、資本がどれだけ厚くても、虚飾があればその分だけ成果は削られる。しかも虚飾は、他の変数のように「ゼロにすれば全体がゼロになる」という爆発力は持たない代わりに、気づかないうちに少しずつ蓄積して全体を蝕んでいく。
虚飾が厄介な本質は、ここにある。突然の破壊ではなく、緩やかな浸食だ。
「粉飾」と「虚飾」は違う
最初に誤解を解いておきたい。虚飾は粉飾ではない。
粉飾は、意図的に数字を偽る行為だ。違法であり、論外だ。
虚飾は、もっと手前にある。経営者や組織が、無意識のうちにまとってしまう「飾り」のことだ。 嘘をついている自覚がない。むしろ本人は本当のことを言っていると信じている。だから粉飾よりも根が深い。
具体的には、こういうものだ。
| 虚飾の種類 | 典型的なセリフ | 本当はどうか |
|---|---|---|
| 見栄の事業 | 「この新規事業は将来の柱になる」 | 利益は出ておらず、撤退の判断基準も決めていない |
| 自己欺瞞のKPI | 「問い合わせは月30件来ている」 | そのうち成約につながったのは1件もない |
| 形だけの改革 | 「DX推進プロジェクトを立ち上げた」 | ツールを入れただけで業務は何も変わっていない |
| 願望の予算 | 「来期は20%成長する計画だ」 | 根拠のない期待が数字になっているだけ |
| 過去の栄光 | 「うちの技術力は業界トップクラス」 | 5年前の話で、今は競合に追いつかれている |
どれも嘘をついているわけではない。社長自身がそう信じている。しかし、この「信じている」と「事実」の間にあるズレが、虚飾だ。
虚飾はなぜ生まれるのか
経営者は孤独だ。この使い古された言葉には、虚飾の温床が潜んでいる。
経営支援の現場で見てきた限り、虚飾が生まれるメカニズムは主に3つある。
1. 誰も否定してくれない構造
中小企業の社長は、社内で最も強い立場にいる。社長が「この事業はいける」と言えば、誰も正面から否定しない。幹部は遠慮し、社員は黙る。外部のコンサルタントに相談しても、「いいですね」と迎合する人は多い。
結果、社長の判断はフィードバックなしに走り続ける。正しくても間違っていても。
ある食品会社の社長は、自社開発の健康食品に強い思い入れがあった。「必ず売れる」と信じて3年間投資し続けた。私が支援に入ったとき、累積で2,000万円近い赤字が出ていた。
「誰か、止めなかったんですか」と聞いたら、社長は苦笑いした。「誰も何も言わなかった。いや、言えなかったんだろうな」
虚飾の最初の温床は、経営者への「否定の不在」だ。
2. 過去の成功体験が目を曇らせる
成功した経験は資産であると同時に、認知のフィルターにもなる。「あのときはこれでうまくいった」という記憶が、現在の判断を歪める。
ソフトバンク時代、私はトップクラスの営業成績を出していた。だからこそ分かるのだが、過去の成功体験ほど危険なものはない。ある時期に通用したやり方が、市場が変わった後も通用すると思い込む。それは虚飾だ。
ある機械商社の社長は、かつて飛び込み営業で取引先を開拓し、売上5億円の会社を一代で築いた。しかし、その成功体験が「営業は足で稼ぐもの」という信念になり、デジタルマーケティングや問い合わせ型の営業設計を全否定していた。売上は3年連続で微減。「うちの営業力は業界でも有名だ」と言いながら、新規の成約率は10年前の3分の1になっていた。
本人は嘘をついていない。本当に「営業力がある」と信じている。しかしそれは、過去の事実であって、現在の事実ではない。
3. 数字の「選び方」で現実を加工してしまう
これが最も巧妙な虚飾だ。
売上は前年比で10%増。しかし利益率は3ポイント低下。問い合わせ件数は月30件。しかし成約は1件。新規事業の売上は前月比200%。しかし前月の売上は5万円で、今月は10万円になっただけ。
数字は嘘をつかない。しかし、数字の「見せ方」は嘘をつく。
経営者自身がこの「加工」を意識的にやっているなら、それは粉飾に近い。しかし多くの場合、無意識だ。人間は、自分に都合の良い数字を先に見て、都合の悪い数字を後回しにする。これは心理学で確証バイアスと呼ばれる、ごく普通の人間の傾向だ。
だからこそ、虚飾は意識して剥がさなければ、自然には剥がれない。
虚飾を剥がす3つの技法
虚飾の厄介さが分かったところで、ではどうやって剥がすのか。私がコンサルティングの現場で使っている技法を3つ紹介する。
技法1:「それは事実ですか、解釈ですか」と分ける
研修の場でこの問いを投げると、経営者は一瞬止まる。
「うちの商品は品質が良い」——これは事実か、解釈か。
事実は、たとえば「不良品率が0.3%で、業界平均の1.2%より低い」というように、数字で検証できるものだ。「品質が良い」は解釈であり、比較対象や基準によって意味が変わる。
虚飾の多くは、解釈を事実だと思い込んでいるところから生まれる。
私がクライアントとの初回面談で必ずやることがある。社長が語る自社の強みや課題を、ホワイトボードに書き出し、一つひとつに「F(事実)」か「I(解釈)」かのラベルを貼っていく。たいていの場合、Fが2割、Iが8割だ。
これは悪いことではない。解釈があること自体は問題ない。問題は、解釈を事実だと信じたまま経営判断を下すことだ。
技法2:数字を「都合の悪い順」に並べる
私が月次の経営レビューで勧めているのは、報告資料の最初に「最も都合の悪い数字」を置くことだ。
通常、経営報告は良いニュースから始まる。「売上は前年比105%です。新規取引先が2社増えました」——ここで会議室の空気が弛む。そのあとに出てくる悪い数字は、良い印象の残像の中で軽く処理される。
順番を逆にする。
「今月、利益率が2.1ポイント低下しました。主要取引先A社の発注量が15%減っています。新規問い合わせの成約率は先月の半分です。なお、売上は前年比105%です」
同じ事実でも、印象はまったく変わる。そして、変わったほうが正確だ。
虚飾は「良いニュースが先に来る構造」の中で、無意識に強化される。 だから構造を逆転させる。シンプルだが効果は大きい。
技法3:「もし社外取締役がいたら何と言うか」を考える
中小企業に社外取締役がいることは稀だ。しかし「もしいたら」という思考実験は有効だ。
具体的には、月に一度でいいから、自社の重要な判断について、架空の社外取締役の視点で問い直す。
- 「この新規事業を続ける根拠は何ですか。撤退基準は定めていますか」
- 「この投資のリターンは、いつ、いくら見込んでいますか。その根拠は」
- 「この数字を銀行や投資家に見せたとき、同じ説明をしますか」
最後の問いが特に効く。身内に見せる数字と、外部に見せる数字で説明の仕方が変わるなら、そこに虚飾がある。
研修でこの問いを出すと、製造業の部長層は黙る。しかし研修が終わった後、個別に「自分の部門の報告資料を見直します」と言ってくる人が毎回いる。虚飾は「気づいたら剥がしたくなる」ものだ。気づくきっかけさえあれば、動ける。
虚飾と向き合った会社に起きること
虚飾を剥がすのは痛い。自分が信じていたものが「飾り」だったと認めるのだから。
しかし痛みの先に、確実に変わるものがある。
ある部品加工メーカーの話をしたい。売上10億円、従業員50名。社長は「うちの技術力は同規模の競合で一番だ」と公言していた。新しい設備を毎年導入し、展示会にも出展し、技術力のアピールに力を入れていた。
しかし事実を確認すると、この3年間で技術力を理由に選ばれた新規案件はほぼなかった。既存顧客が継続してくれている最大の理由は「小回りの利く対応力」と「営業担当者との信頼関係」だった。
虚飾を剥がすのに、半年かかった。社長が「技術力が一番」という信念を修正するのは、容易ではなかった。しかし事実と向き合った後、投資の方向が変わった。新規設備への投資を半分に抑え、代わりに営業担当者の教育と生産管理システムの整備に資金を回した。
1年後、既存顧客の受注単価が12%上がった。理由は単純だ。顧客が本当に求めていた「対応力」が強化されたことで、「もっと任せよう」という判断が増えたのだ。
虚飾を剥がすとは、「自分が信じたい姿」を手放して「相手が求めている姿」に投資し直すことだ。 痛みはある。しかし、投資の精度は確実に上がる。
事業はCheckから始まる
ここで一つ、私の持論を述べたい。
PDCAサイクルという言葉がある。Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(検証)→ Act(改善)。多くの企業はPlanから始める。計画を立て、実行し、検証し、改善する。
しかし私は、事業はPlanではなくCheckから始まるべきだと考えている。
なぜなら、計画の前提にある認識が事実と合っていなければ、計画自体が虚飾の上に立っているからだ。
「うちの強みは技術力だ」→ その前提で計画を立てる → 実行する → 成果が出ない → 「もっと技術を磨こう」と改善する → しかし前提が間違っているので、いくら改善しても結果は変わらない。
このループを回している企業は、驚くほど多い。
虚飾の排除は、PDCAのCheckにあたる。しかし、それは「実行した後に検証する」のCheckではない。「計画を立てる前に、自分たちの認識を検証する」というCheckだ。
立体レンズで経営を立体的に見る。三大危険源チェックで外部の構造変化を確認する。そして虚飾チェックで、自分たちの認識と事実のズレを突き止める。この3つが揃って初めて、意味のあるPlanが書ける。
まず、自社の「都合の悪い数字」を3つ並べてみる
今回の内容を、一つの行動に落とし込むとしたら、これだ。
自社の「最も都合の悪い数字」を3つ、紙に書き出してみてほしい。
利益率の低下。離職率の上昇。新規成約率の減少。在庫回転率の悪化。何でもいい。普段の報告資料には載っていない、あるいは載っていても後半に小さく書かれている数字を引っ張り出す。
その3つの数字を、一番上に置いて眺めたとき——それが「虚飾を剥がした状態」の入口だ。
見たくないものを見た先にしか、正確な経営判断はない。そして正確な判断こそが、持続成功の方程式の答えを最大化する唯一の方法だと、私は考えている。
※本記事は、筆者の経営支援・研修の実務経験に基づく知見と考察をもとに執筆しています。事例として登場する企業名・人物・状況等は、プライバシー保護のため架空の設定を含み、再構成しています。
山本高資|合同会社 才有る者の楽園 代表
経営コンサルタント / AI経営の実践者。ソフトバンク出身、京都大学MBA(2026年春〜)。「才有る者が、その才を最大限に活かせる楽園を創造する」を理念に、中小企業の経営支援・AI実装を手がける。
