京都の「ほんまもん」が、経営の言葉になった日
2025年、京都商工会議所が中期経営計画のスローガンに掲げた言葉がある。
「”ほんまもん”を結わう——変革と挑戦」
「ほんまもん」。京都で暮らしていれば、日常的に耳にする言葉だ。食べ物、工芸品、人柄。「あの人はほんまもんや」と言われれば、それはこの街における最高の賛辞になる。
京商はこの「ほんまもん」を、こう定義している。
他の追随を許さない、感動を与える、地道な努力の積み重ねとして、誇りをもって継承されているもので、本物を超える唯一無二の価値を表現している。
この定義を読んだとき、私はドキッとした。これはまさに、京都の中小企業が持っている——しかし、うまく活かしきれていない——価値そのものではないか。
この記事では、「ほんまもんの経営」とは何かを考えてみたい。答えを出すつもりはない。ただ、京都で経営支援に携わる立場から、いくつかの問いを立ててみたい。
「ほんまもん」は自称するものではない
最初に断っておきたいことがある。
「ほんまもん」は、自分で名乗るものではない。
周囲が認めて、初めて「ほんまもん」になる。自ら「うちはほんまもんです」と言った瞬間、それは京都的には最も「ほんまもんでない」振る舞いになる。飾らず、驕らず、ただ良いものを作り続ける。その結果として周囲が「あそこはほんまもんや」と認める。それが本来の姿だろう。
だからこの記事も、「これがほんまもんの経営です」と定義するつもりはない。そんなことができる立場にはいない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
「ほんまもん」を作る力と、「ほんまもん」の経営を続ける力は、別のものだ。
老舗輩出率全国1位の街で、伝統産業が消えかけている
京都は、100年以上続く企業の輩出率が全国1位(3.93%)の街だ。数百年の歴史を持つ企業が、いまも当たり前のように事業を営んでいる。
しかし同時に、こんなデータもある。
呉服市場はピーク時の約2兆円から、現在は約2,800億円まで縮小した。86%減だ。西陣織の出荷額は2023年に169億円と過去最低を記録した。京都府が認定する伝統産業68品目のうち、多数が「存続の危機」にある。
世界最高水準の技術を持ちながら、市場が消えていく。
これは西陣だけの話ではない。清水焼も、京友禅も、多くの伝統産業が同じ構造的な問題に直面している。技術力は世界一。品質には自信がある。しかし、買ってくれる人がいなければ、事業は成り立たない。
もちろん、経営課題は「売り方」だけではない。後継者不在率は44.2%。人手不足も深刻だ。原材料やエネルギーのコストも上がっている。「伝え方を変えれば全部解決する」などと言うつもりは毛頭ない。
しかし、「良いものを作っていれば、いつか認められる」——この信念だけでは、もう守りきれないものがある。それも事実だ。
「ほんまもん」企業が陥る3つの構造的な罠
私は経営支援の現場で、技術力や品質に自信を持つ中小企業と数多く向き合ってきた。彼らに共通するのは、「良いものを作っている」という自負だ。そして、その自負は多くの場合、正しい。
問題は、その「正しさ」が、3つの罠を見えにくくしていることだ。
罠1:認知の壁——「知られていない」は「存在しない」と同じ
どれだけ素晴らしい製品を作っていても、その価値を知っている人が限られていれば、市場の中では存在しないのと同じだ。
京都の中小製造業には、世界に通用する技術を持ちながら、顧客が業界内の口コミだけ——という企業が少なくない。それは今まで問題にならなかった。市場が安定していたからだ。しかし市場が縮小し、既存顧客が減り始めたとき、新しい顧客に出会う導線がないことに気づく。
罠2:価格の壁——「良いものだから高くて当然」の限界
品質への自信が、価格の硬直性を生むことがある。「うちの製品は本物だから、値段を下げるわけにはいかない」。その気持ちは正しい。安売りは「ほんまもん」の否定になる。
しかし問題は、「高い理由」が顧客に伝わっていないことだ。なぜこの価格なのか。何が違うのか。その価値を構造的に伝える言葉と仕組みがなければ、単に「高い」で終わる。そして顧客は、安い代替品に流れていく。
罠3:承継の壁——暗黙知は、人と一緒に消える
京都の強みは「暗黙知」にある。マニュアルに書けない、長年の経験で培った技術や判断力。しかし暗黙知は、その人がいなくなれば消える。
技術の承継だけではない。「うちの製品の価値は何か」「なぜこのやり方にこだわるのか」——その経営の核心が、社長の頭の中にだけある。言語化されていない。だから後継者に伝わらない。従業員にも伝わらない。
3つの罠に共通するのは、「本物の価値」が構造化されていないことだ。
技術はある。品質もある。理念もある。しかし、それを「認知させる構造」「価値を伝える構造」「次世代に渡す構造」がない。
変えなかったもの、変えたもの——開化堂と細尾の選択
京都には、この罠を乗り越えた企業がある。
開化堂:茶筒からワイヤレススピーカーへ
1875年創業の茶筒メーカー、開化堂。蓋が自然に閉まる精密な密閉性は、130以上の手作業の工程から生まれる。6代目の八木隆裕氏はこう語っている。
「長いこと続いてきたっていうことは、変えてきた部分と変えなかった部分のバランスが取れてたからやと思てます」
開化堂が変えなかったもの——手作業による130の工程。素材への妥協なき姿勢。「簡にして美、用にして美」の哲学。
開化堂が変えたもの——卸売依存から自社小売への転換。国内市場からパリ・ロンドンでの実演販売への展開。そしてパナソニックとの共同開発によるワイヤレススピーカー「響筒」。
茶筒の技術を、まったく異なる市場に届けた。技術の核心は一切変えずに。
細尾:西陣織をディオールの素材にした
1688年創業の西陣織メーカー、細尾。呉服市場の崩壊に直面し、大胆な転換を行った。
通常の西陣織は幅32cmだが、細尾は150cm幅の織機を独自開発した。西陣織をインテリア素材・建築素材として再定義し、ディオール、シャネル、ザ・リッツ・カールトンなど世界のトップブランドとの協業を実現した。
さらに、20以上の工程に分かれていた分業体制をすべて自社に内製化。「技術が途絶えないために、自分たちで全工程を持つ」という決断だった。
2社に共通するのは、「ほんまもん」を守るために、届け方を根本から変えたということだ。
品質を妥協したのではない。むしろ品質を守り抜くために、市場・販路・協業先という「構造」を変えた。
「ほんまもん」を構造で守る——一つの補助線
私は経営支援の現場で、企業の状態を構造的に捉えるための方程式を使っている。
(構想 × 実行者 × 資本 − 虚飾) × 速度 ÷ 減衰 = 持続的成功
掛け算なので、一つの要素がゼロなら全体がゼロになる。
この方程式を「ほんまもん」に当てはめると、面白いことが見えてくる。
京都の多くの中小企業は、「虚飾が少ない」という圧倒的な強みを持っている。飾らず、驕らず、地道にやる。京商の副会頭の一人は「飾らず、驕らず、惑わず」という言葉を掲げている。虚飾を引き算するどころか、最初から虚飾がない。これは素晴らしいことだ。
しかし、速度と資本の変換に課題がある企業は多い。
速度——技術がある。品質もある。しかし、それを市場に届けるスピードが遅い。「良いものを作っていれば、いつか認められる」は、速度がゼロに近いということだ。
資本の変換——技術力(知識資本)や長年の顧客関係(関係資本)を持っているのに、それを売上(金融資本)に変換する仕組みがない。「持っている資本を換金していない」状態だ。
減衰——あらゆる優位性は時間とともに薄れる。しかし「文化・理念」は減衰が極めて遅い。京都企業の「ほんまもん」は、実は減衰しにくい最強の資産なのだ。問題は、それを活かす構造が減衰していること——販路、人材、技術承継の仕組みが細っていくこと——にある。
この方程式はあくまで「補助線」だ。現実の経営はこんなに単純ではない。しかし、自社の何が強くて、何が足りないのかを構造的に見るための道具としては、使えるかもしれない。
あなたの会社の「ほんまもん」は何か
最後に、3つの問いを置いておきたい。
1. あなたの会社の「ほんまもん」は、言葉にできていますか?
社長の頭の中にある「うちの強み」を、社員が自分の言葉で語れるか。顧客が他社に説明できるか。言語化されていない価値は、共有できず、承継できず、市場に届けることもできない。
2. その「ほんまもん」は、届けるべき人に届いていますか?
認知の構造、伝達の構造、販路の構造。技術力に見合った「届ける仕組み」が、いま機能しているか。
3. 10年後、その届ける構造は機能していますか?
市場は変わる。顧客は変わる。技術を受け継ぐ人材は確保できているか。いまの「うまくいっている」は、構造に支えられたものか、それとも慣性で回っているだけか。
京都の中小企業が持つ「ほんまもん」の力は、本物だ。それは疑いようがない。
しかし、本物を作る力と、本物を持続させる経営力は、別の筋肉だ。
開化堂も細尾も、「ほんまもん」を捨てたのではない。「ほんまもん」を守るために、構造を変えた。変えない核と、変える仕組み。その両立こそが、京都の中小企業が次の100年を生き抜くための鍵になる。
そう私は考えている。
※本記事は、京都商工会議所の中期経営計画(2025-2028)および京都府の各種統計データを参照しています。事例は公開情報に基づいています。
山本高資(やまもと たかし)
合同会社 才有る者の楽園 代表。京都商工会議所会員。ソフトバンクBB/Mobile時代に全国トップクラスの営業成績を残した後、複数の事業を創業。オランダでの国際展開を経て、現在は京都を拠点に、本物を作っている企業の経営伴走に特化。独自の「才有る式経営フレームワーク」を体系化し、AI31人体制で自社経営を実践中。2026年より京都大学経営管理大学院にて経営学を研究。
まとめ(ディスクリプション用)
– 京都商工会議所が中期経営計画に掲げた「ほんまもん」——本物を作る力は京都企業の最大の資産だが、それだけでは経営は持続しない
– 西陣織は世界最高水準の技術を持ちながら出荷額が過去最低を記録。「良いものを作れば売れる」の限界が数字に表れている
– 開化堂・細尾に共通するのは「変えない核」と「変える仕組み」の両立。品質を守り抜くために、届け方を根本から変えた
– 「ほんまもん」企業が陥る3つの罠:認知の壁、価格の壁、承継の壁——いずれも「本物の価値が構造化されていない」ことに起因する
– 持続成功の方程式を補助線に、自社の「何が強くて、何が足りないか」を構造的に見直す
