営業部長が「売り方を変えたい」と言い出した日——属人営業からチーム営業への転換

「俺の営業のやり方で、ここまで来たんだ」

ある機械部品メーカーの営業部長——仮に佐藤部長としよう——は、50代前半。入社30年目のたたき上げだ。

年商12億円。従業員70名。佐藤部長が率いる営業部は8名。そのうち、売上の約6割を佐藤部長自身と、もう一人のベテラン社員が稼いでいた。

「俺のやり方でここまで来た」。これは事実だ。佐藤部長は20代の頃から飛び込み営業と接待を繰り返し、業界に太い人脈を築いた。取引先のキーマンの誕生日を全員分覚えていて、季節ごとの贈答品も欠かさない。電話1本で見積もりが通る関係を、何十年もかけて作り上げてきた。

この会社に私が経営支援で入ったとき、最初に感じたのは「佐藤部長が倒れたら、この会社の売上は半分になる」ということだった。


数字が語り始めた「限界」

佐藤部長の営業力に疑いはなかった。しかし、数字を丁寧に見ると、構造的な問題が浮かび上がってきた。

指標 佐藤部長+ベテラン 若手6名合計
年間売上 約7.2億円 約4.8億円
新規顧客獲得数 2件/年 1件/年
顧客あたり単価 横ばい 微減
商談成約率 約45% 約15%

佐藤部長とベテランの売上は安定していたが、新規の獲得がほぼ止まっていた。一方、若手6名は人数が多い割に成果が出ていなかった。

そして最大の問題は、佐藤部長の顧客リストが「佐藤部長の頭の中」にしかなかったことだ。

顧客のニーズ、決裁ルート、過去のトラブル、キーマンの性格——すべてが佐藤部長の経験と記憶に依存していた。CRMは導入されていたが、入力されているのは最低限の連絡先だけだった。


「お前らには、まだ早い」の壁

佐藤部長は若手を育てる気がないわけではなかった。しかし、「教え方」が一つしかなかった。

「俺と一緒に現場に行け。見て覚えろ」

30年前には通用した方法だ。しかし、いまの若手営業には響かない。なぜなら、佐藤部長が見せる営業は、30年かけて築いた人間関係の上に成り立っている。信頼の貯金があるから成立する商談を見ても、若手が「自分の現場」に持ち帰れるものは限られる。

ある若手が商談から帰ってきて、私にこう漏らしたことがある。

「佐藤部長はすごいんです。でも、何がすごいのか言語化できないし、自分にはあの関係性がないから、同じことはできないんです」

これは正直な告白だ。そして、多くの中小企業の営業組織が抱えている構造的な問題そのものだ。


転機は「若手の退職」だった

変化のきっかけは、入社3年目の若手営業が退職したことだった。

退職理由を聞くと、「自分が成長できるイメージが湧かなかった」と言った。佐藤部長のやり方を見ても、自分がそうなれるとは思えない。かといって、別の営業スタイルを学ぶ機会も仕組みもない。

この退職が佐藤部長に刺さった。

「あいつは根性がないんだ」と最初は言っていた。しかし1週間後、佐藤部長は私のところに来てこう言った。

「山本さん、ちょっと相談があるんですが。売り方を変えたほうがいいのかもしれない」

30年間のやり方を「変えたほうがいい」と自ら口にする。この言葉の重みは、外部から「変えましょう」と100回言われるより大きい。


「言語化」から始めたこと

佐藤部長が売り方を変えたいと言った日から、私たちが最初にやったのは「佐藤部長の営業を言語化する」ことだった。

佐藤部長が無意識にやっていることを、一つずつ書き出していく。

– 初回訪問の前に何を調べるか
– 最初の10分で何を話すか
– 相手の反応をどう読むか
– 見積もりをいつ出すか
– フォローのタイミングをどう決めるか
– 断られたときにどう対応するか

佐藤部長は最初、「そんなもん、考えてやってない。体が勝手に動くんだ」と言った。しかし、具体的な商談のエピソードを一つずつ聞いていくと、明確なパターンがあった。

たとえば、佐藤部長は初回訪問で必ず「御社の工場を見せてください」と言う。これは意識的にやっていたことではなかったが、理由を聞くと「現場を見れば、その会社が何に困っているか分かるから」と答えた。

これは重要な営業スキルだ。しかし、「現場を見ろ」という一言では伝わらない。「何を見るか」「何を聞くか」「見たことをどう商談につなげるか」まで分解して初めて、他者が再現できる知見になる。

私はこれを才有る式の「超属人化×仕組み化」の文脈で捉えている。佐藤部長の営業力は「超属人化」の極みだ。それ自体は価値がある。問題は、その属人的な強みが言語化されず、組織の資産になっていなかったことだ。


3ヶ月後に起きた変化

言語化したノウハウを「営業の型」として整理し、若手向けの研修を月2回のペースで始めた。

佐藤部長が講師を務める。最初はぎこちなかったが、自分の経験を若手に伝えるうちに、佐藤部長自身にも変化が起きた。

「教えるために整理したら、自分でも気づいていなかったことがあった。なんで俺が工場を見たがるかって、それは加工精度で会社のレベルが分かるからだ。でも、それを意識して言語化したのは初めてだった」

3ヶ月後、若手6名の商談成約率が15%から22%に上がった。劇的な数字ではない。しかし、佐藤部長は「22%」の意味をよく分かっていた。

「俺が30年かけて身につけたことの一部が、3ヶ月で伝わった。全部は無理だ。でも、一部が伝われば、あとは経験の積み重ねでいい」

さらに半年後、若手の一人が初めて大型案件を自力で獲得した。佐藤部長の顧客ではない、完全な新規だ。「営業の型」を自分なりにアレンジし、相手の工場を見学させてもらい、そこから提案につなげた。

佐藤部長は嬉しそうにこう言った。

「あいつ、俺のやり方をパクったんじゃない。俺のやり方を土台にして、自分の営業を作った。これが正解だ」


属人営業の価値を、組織の仕組みに変換する

佐藤部長の事例から伝えたいことは一つだ。

属人的な営業力は、否定するものではない。言語化し、型にし、組織の資産にするものだ。

「属人的だからダメ」という論調をよく見る。しかし、属人的だからこそ強い営業がある。その強さを組織に残す仕組みを作ることが、経営者の仕事だと私は考えている。

ポイントは3つある。

1. エースの暗黙知を言語化する — 「何を、なぜ、どの順番で」を本人と一緒に書き出す
2. 「型」として共有し、「型破り」を許容する — 完全なコピーを求めない。土台として使い、各自がアレンジする余地を残す
3. 教える側も成長する構造にする — 佐藤部長は教えることで自身の営業を再発見した。教育は教える側の成長でもある

この3つが回り始めると、営業組織は「エース頼み」から「チームとして戦える」状態に変わる。そして、エースは引退するのではなく、チームの中でより高い付加価値を発揮する存在になる。

あなたの会社のエースは、何を「体が勝手に動く」と言っているだろうか。その言葉の中に、組織の宝が埋まっている。


※本記事は、筆者の経営支援・研修の実務経験に基づく知見と考察をもとに執筆しています。事例として登場する企業名・人物・状況等は、プライバシー保護のため架空の設定を含み、再構成しています。

山本高資|合同会社 才有る者の楽園 代表
経営伴走支援・AI研修・営業組織改革。中小企業の「才有る者」が、その才を最大限に活かせる経営を支援しています。

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