
ある日の夕方、京都市内の居酒屋で、私はひとりの経営者と向かい合っていた。
仮に「西田さん」としておく。滋賀県で精密板金加工の会社を経営している。従業員120人、売上30億円。父親から引き継いで15年、堅実に伸ばしてきた会社だ。
共通の知人を通じて紹介され、月に一度ほど食事をする間柄になった。経営の話もするが、互いのクライアントではない。だから余計に、本音が出る。
その日、西田さんは開口一番こう言った。
「うち、営業部をなくしたんですよ」
箸が止まった。売上30億の製造業が、営業部を廃止する。穏やかな話ではない。
「営業部」が会社を分断していた
——営業部をなくした、というのは?
「正確に言うと、”営業部”という組織を解体して、営業機能を全社に分散させた。営業部員は全員、技術部門か品質管理部門に再配置した」
——それで売上は大丈夫なんですか。
「去年は前年比112%でした。なくす前の3年間は、ずっと横ばいだった」
西田さんが箸で煮物をつまみながら、静かに続けた。
「営業部があった頃、うちには壁があったんです。”売る人”と”作る人”の壁。営業が取ってきた仕事を、現場が『こんな条件で受けるなよ』と文句を言う。現場が苦労して仕上げた品質を、営業は当たり前だと思っている。互いに相手が見えていなかった」
——それは製造業ではよくある話ですね。
「よくある話だから、ずっと放置していた。でもある日、気づいたんです。うちの最大の強みは技術力じゃない。技術力を”伝える力”が弱いから、価格でしか選ばれていなかった」
きっかけは、ひとりの技術者の「雑談」
——何がきっかけで、営業部の廃止に踏み切ったんですか。
「きっかけは些細なことで。展示会に技術者を連れて行ったんです。営業じゃなくて、現場の班長を」
——それは珍しい。
「営業部長には反対されました。『技術者は喋れません』と。でも、試しに連れて行った。そうしたら、ブースに来た設計担当者と班長が、図面を広げて30分も話し込んでいたんです。加工の難易度、コストに影響する設計上の工夫、納期を縮める段取りの話。営業マンには絶対にできない会話でした」
西田さんの声が少し熱を帯びた。
「その場で2件、見積もり依頼をもらった。しかも、班長が『ここをこう変えれば、コストを15%下げられますよ』と提案までしていた。営業部がやっていたのは価格表を渡すことだった。班長がやったのは、相手の課題を一緒に解くことだった」
私はその話を聞きながら、頭の中で「螺旋型セールス」のフレームワークが回っていた。
相手の課題を聞く。本当の原因を一緒に探す。解決した未来を相手に語らせる。小さな実証を見せる。判断基準を共有する。
班長は営業の教育を受けたことがない。だが、技術者として相手の図面に向き合った瞬間、自然とその螺旋を回していた。「売る」のではなく「解く」ことで、結果的に売れていた。
全員営業は「全員が売る」ことではない
——とはいえ、技術者全員が営業できるわけではないですよね。
「もちろん。ここが一番誤解されるところで。”全員営業”というと、全員にテレアポさせるとか、全員にノルマを持たせるとか想像されるんですが、そうじゃない」
西田さんは手元のグラスを回しながら言った。
「うちがやったのは、”顧客接点の再設計”です。技術者が技術の言葉で顧客と話す場を作った。品質管理のメンバーが検査レポートを直接顧客に説明する場を作った。見積もりのプロセスに現場の判断を組み込んだ。つまり、それぞれが自分の専門性で顧客と接する仕組みに変えたんです」
——営業スキルがなくても回るんですか。
「営業”スキル”は要らない。必要なのは顧客の文脈を理解する力で、それはAIが補ってくれる」
ここで初めて、AIの話が出た。
AIが「翻訳者」になった
「営業部を解体したのと同時期に、AIを本格的に入れました。ただし、AIに営業をさせたわけじゃない」
——どういう使い方を?
「うちのAIの役割は”翻訳”です。顧客からの問い合わせメールや図面のデータを、技術者が判断しやすい形に変換する。逆に、技術者の報告や提案を、顧客が理解しやすい言葉に直す。間に立って、両方の文脈を橋渡しする」
——なるほど。営業部がやっていた「伝言ゲーム」をAIが肩代わりした。
「伝言ゲームどころか、営業部時代は伝言の過程で情報が落ちていたんです。顧客が本当に困っていることが、現場に正しく伝わっていなかった。AIは情報を落とさない。しかも、過去の類似案件を自動で引っ張ってくるから、技術者は『前にも似た加工をやったな』とすぐ判断できる」
西田さんが少し笑った。
「面白いのは、技術者のほうがAIの使い方がうまいんですよ。営業マンは『AIに提案書を書かせよう』とする。技術者は『AIにデータを整理させて、自分で判断する』。道具として使う感覚が、現場の人間のほうが自然に持っている」
「客帯」という発想
私は西田さんの話を聞きながら、ひとつの概念を思い出していた。
「客帯」——1社との関係の深さ・太さを最大化するという考え方だ。
営業部があった頃の西田さんの会社は、新規開拓に力を入れていた。毎月の新規問い合わせ件数がKPIで、営業部員は名刺の数を競っていた。
それ自体は悪いことではない。だが、既存顧客との関係が浅いまま、新しい顧客を追いかけ続ける構造になっていた。
「営業部をなくしてから、既存顧客の単価が上がったんです」と西田さんは言った。
「技術者が直接話すようになったことで、『実はこういう加工もできるんですか』という話が自然に出てくるようになった。今まで他社に出していた仕事を、うちに回してくれるケースが増えた。新規を追いかけなくても、既存の関係が深くなることで売上が伸びた」
これはまさに資本変換だ。技術という知識資本を、顧客との信頼に変え、信頼を追加受注という金融資本に変える。営業部を通すと、この変換の過程で情報が劣化していた。技術者が直接顧客と向き合うことで、変換効率が劇的に上がった。
廃止に反対した営業部長の、その後
——営業部のメンバーは、抵抗しなかったんですか。
「めちゃくちゃ抵抗されました」
西田さんが苦笑した。
「営業部長は面談で『社長は現場のことが分かっていない』と言いましたよ。10年以上うちの営業を引っ張ってきた人間ですから、当然です。自分の部署がなくなるわけですからね」
——どう説得したんですか。
「説得はしていないんです。代わりに、半年間の”実験”を提案した。技術部門に営業部員を2人異動させて、技術者と一緒に顧客対応をさせた。技術者の言葉を顧客に翻訳し、顧客の要望を技術者に翻訳する。営業マンの仕事は”売ること”から”繋ぐこと”に変わった」
——その2人はうまくいったんですか。
「1人はすぐに適応した。もう1人は苦しんだ。でも、半年後には2人とも『もう営業部には戻りたくない』と言っていた。技術の現場で顧客の声を直接聞くことで、自分の仕事の意味が変わったんだと思います」
——営業部長は?
「彼が一番変わりました。今は”顧客戦略室”の室長として、全社の顧客接点を設計する役割を担っています。個別の案件を追いかけるのではなく、どの顧客とどういう関係を築くか、全体の絵を描く仕事。本人は『これが本来やりたかったことだ』と言っています」
「超属人化」と「仕組み化」の交差点
会計を済ませ、店を出た。京都の3月の夜はまだ冷える。
歩きながら、西田さんが言った。
「山本さん、結局ね、”誰にでもできる営業”を目指した時点で、うちは間違えていたんですよ」
——というと?
「営業部があった頃は、営業トークのマニュアルを作り、ロープレをやり、誰がやっても同じ品質の営業ができるようにしようとしていた。でも、うちの強みは”誰にでもできること”じゃない。一人ひとりの技術者が持っている、替えの利かない専門性なんです」
私は黙って聞いていた。
「その専門性を活かして顧客と向き合う。それが”超属人化”。で、その属人的な知見を共有し、AIで情報の橋渡しをし、組織として動ける仕組みを整える。それが”仕組み化”。どちらか片方だけでは成り立たない」
この言葉は、私自身が常々考えていることと重なった。
人間にしかできないことを磨き上げる。AIで再現できる部分はシステム化する。この二つは矛盾しない。むしろ、AIに任せられる部分を任せるからこそ、人間は自分にしかできないことに集中できる。
西田さんの会社では、技術者が技術者として顧客と向き合う時間を、AIが生み出していた。伝言ゲームに使っていた時間、資料作成に使っていた時間、データ整理に使っていた時間。それらをAIが引き受けることで、技術者は自分の言葉で、自分の専門性で、目の前の顧客と対話できるようになった。
最後に、西田さんが言ったこと
別れ際、西田さんが立ち止まってこう言った。
「営業部をなくして一番良かったことは、売上が伸びたことじゃないんです」
——何ですか。
「全員が”自分の仕事が顧客に届いている”と実感できるようになったこと。工場の中で黙々と図面通りに削っていた人間が、自分の加工がどう使われているかを知り、顧客から直接『ありがとう』と言われるようになった。これは、営業部がある限り絶対に起きなかったことです」
静かな声だった。
駅に向かう道で、私はひとりで考えていた。
売上30億の会社が営業部をなくす。言葉だけ聞けば乱暴に聞こえる。だが、西田さんがやったのは「営業を捨てた」のではなく「営業を解放した」のだ。
特定の部署に閉じ込められていた「顧客と向き合う行為」を、会社全体に開いた。そのとき、AIは壁を壊すハンマーではなく、壁がなくなった後の通路として機能していた。
私も1人社長として、26人のAIと一緒に経営をしている。AIが担うのは、判断の代行ではない。私の専門性が、必要な場所に、正しく届くための橋渡しだ。
規模も業態も違うが、根っこは同じだと思った。
京都の夜風が、少しだけ春の匂いを含んでいた。
※本記事の事例は、筆者の支援・研修経験および調査・取材に基づいています。プライバシー保護のため、企業名・人物・状況等は架空の設定を含み、再構成しています。
山本高資|合同会社 才有る者の楽園 代表
経営支援・AI研修の現場から、経営者のリアルな日常と思索を綴ります。
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