
売上が伸びているのに、不安が消えない
「売上は過去最高なんです。でも、なんか怖いんです」
経営支援の現場で、こういう言葉を聞くことがある。決算書を見せてもらうと、確かに売上は右肩上がり。利益も出ている。銀行の評価も悪くない。
なのに、社長の顔が晴れない。
前回の「経営の設計図」第1回では、「持続成功の方程式」と、その最初の変数である「構想」について書いた。今回は、方程式を使いこなすための「レンズ」——つまり、経営を見る目線そのものについて書く。
結論を先に言う。売上だけを見ている経営者は、経営の半分しか見えていない。
経営を「立体」で見るとはどういうことか
私が経営診断で使っているフレームワークの一つに「立体レンズ」がある。
名前の由来は単純だ。一つの企業を、二つの角度から同時に見る。平面ではなく、立体で捉える。
| レンズ | 見るもの |
|---|---|
| レンズA:時間軸 | フロー(毎月の動き)とストック(蓄積されたもの) |
| レンズB:構造軸 | 四つの市場と、情報の偏り |
この二つのレンズを重ねると、売上だけでは見えなかった景色が現れる。
レンズA:フローとストック——「今月」と「この先」を同時に見る
多くの経営者が毎月見ている数字——売上、利益、資金繰り。これらはすべて「フロー」だ。今月いくら入って、いくら出て、いくら残ったか。フローは経営の脈拍であり、止まれば死ぬ。見るのは当然だ。
しかし、フローだけを見ていると、ある問いに答えられない。
「フローが止まったとき、あなたの会社はどれくらい持ちますか?」
ここで登場するのが「ストック」だ。ストックとは、事業の中に蓄積されている資本の総量を指す。
前回の方程式で触れた「資本」には4つの種類がある。
| 資本の種類 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 金融資本 | 現金・借入余力・信用枠 | 手元資金3ヶ月分 |
| 信用資本 | 市場からの信頼の蓄積 | 「あの会社なら安心」という評判 |
| 知識資本 | 再利用可能なノウハウ | マニュアル化された独自技術 |
| 関係資本 | ステークホルダーとの関係の総量 | 紹介が自然に発生する取引先ネットワーク |
フローが好調なとき、経営者はフローの数字に安心してしまう。しかし本当に問うべきは「この好調な時期に、ストックは増えているか?」だ。
売上が伸びていても、ストックが溜まっていなければ、フローが途絶えた瞬間に経営は止まる。逆に、フローが一時的に落ちても、ストックが厚ければ立て直せる。
コンサルティングの現場で見てきた限り、フローが好調な時期にストックを意識している経営者は、体感で2割もいない。ほとんどの社長は「売れているから大丈夫」で思考が止まる。
忙しいのに何も残らない会社
ある食品加工会社の話をしたい。売上12億円、従業員40名。地元のスーパーや飲食チェーンに自社製品を卸している。
数年間、売上は毎年5〜10%成長していた。社長は営業に駆け回り、現場は残業でフル回転。忙しかった。売上は伸びていた。
しかし私がストックの視点で見たとき、4つの資本すべてが痩せていた。
金融資本:利益は出ているが、設備投資の借入返済と人件費増で手元資金は常にギリギリ。
信用資本:個社との取引実績はあるが、業界内での知名度やブランドはほぼゼロ。社長の人脈だけで回っている。
知識資本:商品開発のノウハウは社長と工場長の頭の中にしかない。マニュアルも技術文書もない。
関係資本:取引先は多いが、関係が深い会社は3社だけ。新規開拓は社長の飛び込みに依存。
フローだけを見れば「好調」だ。しかしストックの視点で見れば、この会社は毎年売上を伸ばしながら、何も蓄積していなかった。
社長が倒れたら終わる。工場長が辞めたら終わる。主要取引先3社のうち1社が離れたら、一気に苦しくなる。
「売上は過去最高なのに、怖い」——社長のあの言葉は、実は正しい直感だった。数字には表れない「薄さ」を、身体が感じ取っていたのだ。
レンズB:四つの市場——「売り先」以外の3つの市場を見ているか
もう一つのレンズは、構造軸だ。
多くの経営者は「市場」と聞くと、顧客市場——つまり自社の商品を買ってくれる相手のことだけを思い浮かべる。しかし、企業は常に四つの市場の中で事業を営んでいる。
| 市場 | 何が動いているか |
|---|---|
| 販売市場 | 顧客・競合。「誰に売るか」 |
| 労働市場 | 人材の採用と流出。「誰と働くか」 |
| 仕入れ市場 | 原材料・外注・技術調達。「何で作るか」 |
| 金融市場 | 資金調達・投資・与信。「どこからお金を持ってくるか」 |
この四つを同時に見ている経営者は、驚くほど少ない。
ソフトバンク時代に法人営業をしていたとき、私は一つのことに気づいた。売れる営業は、相手の「販売市場」だけでなく、相手の「労働市場」や「仕入れ市場」の課題まで聞いている。 だから提案に奥行きが出る。「通信コストを下げます」ではなく、「採用活動のオンライン化で、地方拠点の人材確保にも使えます」と言える。
経営もまったく同じだ。販売市場だけを見ている社長は、労働市場の変化に気づかない。仕入れ市場の構造変化を見落とす。金融市場の選択肢を知らない。
先ほどの食品加工会社の例で言えば、社長は販売市場(スーパーや飲食チェーンへの営業)には全力で向き合っていた。しかし労働市場を見ていなかった。地方の食品加工業は人材の採用が年々厳しくなっている。パートの時給が上がり、若手の応募は減っている。この変化を3年前から見ていれば、人材確保の手を打てた。
仕入れ市場も同様だ。原材料費の高騰をただ受け入れるだけでなく、仕入れ先の多角化や代替原料の開発を仕掛けられたはずだ。
四つの市場を同時に見ることで、見えなかった脅威が見える。そして、見えなかった機会も見える。
情報の偏りが、利益の源泉になる
構造軸にはもう一つ、重要な概念がある。「情報の偏り」だ。
四つの市場には、それぞれ情報の非対称性が存在する。つまり、ある人が知っていて、別の人が知らないことがある。この「偏り」を見つけ、橋渡しすることが、実はビジネスの原型だ。
| 市場 | 情報の偏りの例 |
|---|---|
| 販売市場 | 価値の伝え方を知らない企業に、営業の動線を設計する |
| 労働市場 | 採用ブランディングの方法を知らない企業に、見せ方を教える |
| 仕入れ市場 | AI活用を知らない企業に、業務の自動化を提案する |
| 金融市場 | 資金調達の選択肢を知らない経営者に、方法を提示する |
私がやっている経営コンサルティングも、本質的にはこの「情報の偏りの橋渡し」だ。クライアントが見えていない市場の情報を見せ、その偏りを埋める手伝いをする。
あなたの事業にも、この構造はあるはずだ。「自分たちが当たり前に知っていることを、相手が知らない」——それが見つかったとき、そこにビジネスの種がある。
二つのレンズを重ねる——立体で経営を見る
レンズAとレンズBを別々に使うだけでも価値がある。しかし本当の力は、二つを重ねたときに発揮される。
たとえば、こう問うてみてほしい。
「あなたの会社は、四つの市場それぞれで、フローとストックの両方が健全ですか?」
| 販売市場 | 労働市場 | 仕入れ市場 | 金融市場 | |
|---|---|---|---|---|
| フロー | 今月の受注は? | 今月の採用・退職は? | 今月の調達コストは? | 今月のキャッシュは? |
| ストック | 顧客基盤は厚いか? | 人材は育っているか? | 仕入れ先との関係は深いか? | 借入余力・信用は残っているか? |
この8つのマス目を全部埋められる経営者は、私の経験ではほぼいない。
しかし、全部を今すぐ完璧にする必要はない。大事なのは「自分がどのマス目を見ていて、どのマス目を見落としているか」を知ることだ。
見落としに気づいた瞬間、経営の視界は変わる。
「怖い」は正しい——直感を構造に変える
冒頭の社長の話に戻る。
「売上は過去最高なんです。でも、怖い」
あの不安は、正しかった。フローは好調でも、ストックが蓄積されていなかった。販売市場しか見えていなかった。立体レンズで見れば、不安の正体は明確に言語化できた。
優れた経営者の直感は、多くの場合、正しい。問題は、その直感を「構造」に変換できるかどうかだ。「なんとなく怖い」のままでは、対策の打ちようがない。しかし「ストックの〇〇が薄い」「労働市場の変化を見落としていた」と言語化できれば、次の一手が見える。
立体レンズは、直感を構造に変換する道具だ。
次回予告
次回の「経営の設計図」第3回では、「危険源の特定」について書く。
持続成功の方程式で現在地を把握し、立体レンズで経営を立体的に見たあと、次にやるべきは「本当に危ないところはどこか」を特定することだ。多くの経営者が「課題だ」と思っているものと、実際の危険源は、往々にしてずれている。
あなたの会社を立体レンズで見たとき、最も薄いマス目はどこだろうか。一度、紙に書き出してみてほしい。
※本記事の事例は、筆者の支援・研修経験および調査・取材に基づいています。プライバシー保護のため、企業名・人物・状況等は架空の設定を含み、再構成しています。
山本高資|合同会社 才有る者の楽園 代表
経営コンサルタント / AI経営の実践者。ソフトバンク出身、京都大学MBA科目履修生(2026年春〜)。「才有る者が、その才を最大限に活かせる楽園を創造する」を理念に、中小企業の経営支援・AI実装を手がける。
