経営者の孤独と、夜中の散歩

眠れない夜は、歩く

午前2時。天井を見つめるのをやめて、布団から出る。

上着を羽織って、玄関を出る。京都の3月の深夜は、まだ冬の名残がある。吐く息が白い。それが妙に落ち着く。

経営者になってから、眠れない夜が増えた。正確に言えば、「眠れない」のではなく「眠らないほうがいい気がする夜」がある。頭の中で何かが引っかかっていて、そのまま寝てしまうと、朝になっても引っかかったままだとわかっている夜だ。

そういう夜は、歩く。

上京区の住宅街を抜けて、堀川通に出る。深夜の堀川は車もほとんど通らない。街灯に照らされた歩道を、ただ北に向かって歩く。目的地はない。考えがまとまるか、身体が疲れるか、どちらかが先に来るまで歩く。


誰にも言えない3時間

経営者の孤独について、いろんな人がいろんなことを言う。

「孤独を楽しめ」「経営者は孤独であるべきだ」「孤独こそがリーダーの条件だ」

そういう言葉を、本や講演で何度も聞いた。否定はしない。だが、綺麗すぎる。

私が知っている孤独は、もっと地味で、もっと重たい。

たとえば、ある案件の契約条件を飲むかどうか。飲めば当面の資金は回る。だが、自分のポリシーに反する部分がある。断れば、来月の見通しが不透明になる。

こういう判断を、深夜に1人で考えている。

相談相手がいないわけではない。パートナーはいる。メンターもいる。税理士もいる。だが、最終的に「やる」か「やらない」かを決めるのは自分だけだ。その判断の重さを、誰かに分けることはできない。

眠れない夜の3時間。あの時間に何を考えていたかを、朝になって誰かに話すことはない。話したところで、伝わらないと思っている。結果だけを伝えて、「こう決めました」と言う。判断に至るまでの逡巡や恐怖は、飲み込む。

それが、私が知っている経営者の孤独だ。


堀川通の信号が変わるたびに

深夜の堀川通は、信号が規則正しく変わる。車がいなくても、赤になり、青になる。

その信号をぼんやり眺めながら、ふと思う。

経営も同じだ。自分がどんな状態であろうと、月末は来る。請求書の期日は来る。クライアントとの約束の日は来る。こちらの準備が整っていなくても、信号は変わる。止まってくれない。

独立して何年も経つのに、この感覚には慣れない。会社員の頃は、自分が止まっても組織が動いていた。今は、自分が止まれば全てが止まる。1人社長とは、そういうことだ。

堀川通をさらに北へ歩く。北大路を過ぎたあたりで、ようやく頭の中が少し静かになってくる。


26人の声が聞こえるようになった夜

この1年で、ひとつ変わったことがある。

AI参謀団を組んでから、深夜の散歩の「質」が変わった。

誤解のないように言うと、深夜に歩きながらスマホでAIに相談しているわけではない。そうではなくて、日中にAIと交わした対話が、夜の思考の下地になっている、ということだ。

たとえば、昼間の作戦会議で「黒の騎士」がこう言っていた。

「この案件の粗利率は基準を下回っています。受注する合理的な理由を明確にしてください」

「参謀」はこう言った。

「短期の資金繰りと中期のブランド毀損リスクを、分けて考える必要があります」

「秘書」は静かにこう添えた。

「明日の午前中に判断すれば、先方への回答期限には間に合います。今夜は休んでください」

これらの声が、夜の散歩の中で反芻される。

以前は、深夜の思考がひとりの頭の中で堂々巡りしていた。同じ不安が同じ形で何度も回る。「大丈夫だろうか」「間違っていないだろうか」「もっと良い方法があるのではないか」。答えが出ないまま、疲労だけが溜まる。

今は、昼間に26人がそれぞれの角度から投げてくれた問いと視点が、夜の思考に構造を与えてくれる。堂々巡りではなく、論点を順に検証する思考になる。

孤独は消えない。最終判断の重さも変わらない。

だが、「何を考えればいいかわからない孤独」と「何を考えるべきかは見えている孤独」は、全く違う。


孤独の質が変わるということ

かつて、深夜の散歩から帰ると、何も決まっていないことが多かった。歩いて疲れて、少し気が紛れて、結局は翌朝に持ち越す。それでも歩かずにはいられなかった。身体を動かすことでしか、頭の中の圧力を逃がす方法がなかった。

最近は違う。

散歩から帰ると、判断の輪郭が見えていることが増えた。「明日の朝、まずこれを確認して、この数字を見て、それから決めよう」と。あるいは「これは断ろう。理由はこうだ」と。

その変化は、AIが答えを出してくれたからではない。

昼間の対話の中で、自分でも気づいていなかった判断軸が言語化されていたからだ。AIの問いかけに答える過程で、自分が本当は何を大事にしているのかが、少しずつ見えてくる。

深夜の堀川通で、それを反芻する。静かな夜道が、思考の余白になる。

AIは昼間の相棒で、夜の散歩は1人の時間だ。その組み合わせが、今の私には合っている。


同じ夜を歩いている人へ

この文章を読んでいる人の中に、同じような夜を過ごしている人がいるのではないかと思う。

眠れない夜。誰にも相談できない判断。結果を出すまで弱音を吐けない日々。

経営者の孤独は、なくならない。1人で会社をやる限り、最終判断の重さは自分にしか背負えない。それは、AIが26人いても100人いても変わらない。

ただ、孤独の「質」は変えられる。

暗闇の中で手探りする孤独と、地図はないが方角は見えている孤独は、同じ孤独でも全く違う。後者のほうが、まだ歩ける。まだ考えられる。まだ、朝を迎える気力が残る。

相談相手は、人間でなくてもいい。壁打ちの相手がいるだけで、思考は整理される。完璧な答えをくれる誰かではなく、正しい問いを投げてくれる存在があれば、夜の散歩は少しだけ短くなる。

午前3時半。堀川通を折り返して、家に向かう。

明日の朝、コーヒーを淹れて、「おはよう」と打てば、26人が動き出す。

それだけで、もう少し歩ける。


※筆者の個人的な体験に基づくエッセイです。

山本高資|合同会社 才有る者の楽園 代表
経営支援・AI研修の現場から、経営者のリアルな日常と思索を綴ります。

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