※以下は、筆者の経営支援の実務経験に基づいています。クライアント保護のため、企業名・業種の一部は架空のものを使用し、複数の事例を再構成しています。
売上目標を達成する経営者が破綻する理由
中堅製造業の経営者と話をしていてよく聞く言葉がある。「今期の売上目標は¥50億です」。次の年には「¥52億を目指します」と言う。その次は「¥55億」。ずっと売上を追い続けている。
しかし、売上が¥30億から¥55億に増えるまでの間に、その企業の営業利益は実は減っていたりする。
これは錯覚ではなく、売上という指標が本質的に欠陥を持っているからだ。売上は「量」でしかない。¥1,000の商品100個と¥100の商品1,000個は、どちらも売上¥100,000だ。しかし原価率が違えば、粗利額は天と地ほど異なる。
なのに多くの経営者は、売上で組織を鼓舞し続ける。売上の増減で成功と失敗を判定する。その結果、組織全体が「低粗利商品でも数を売ればいい」というインセンティブで動き始める。
このしくみを変える視点が、今回のテーマだ。「粗利グレイン」——粗利を「顧客セグメント×商品セグメント」の交差で細かく設計し、その粒度でポートフォリオを管理する経営である。
持続成功の方程式における「資本」の見え方を変える
改めて持続成功の方程式を示す。
(構想 × 実行者 × 資本 − 虚飾) × 速度 ÷ 減衰 = 持続的成功
この方程式の中で「資本」は、広い意味で「利用可能な経営資源」を指す。金銭だけでなく、時間、人材、顧客基盤、ブランドまで含む。
ただし、資本の大きさを決めるのは「いくら持っているか」ではなく、「どれだけを利用可能な状態で保持しているか」だ。
企業の粗利構造が透明になっていないと、この違いが見えない。経営者は「年間¥50億の売上=¥50億の資本がある」と錯覚する。しかし実際には、低粗利商品群が大量に売れることで、現金流出は増えている。在庫の仕込み資金、営業の動員コスト、物流・配送の人手——すべてが増加する。結果として、利用可能な資本は小さくなっているのに、その自覚がない。
粗利グレインの第一の効果は、このカラクリを可視化することだ。
粗利グレイン:4象限マトリクスで「何を伸ばし、何を縮小するか」を決める
粗利グレインの仕組みは、実はシンプルだ。
以下の2軸をとる:
横軸:顧客セグメント — 大手・中堅・小規模、業種別、地域別など、既存カテゴリで問題ない。
縦軸:商品セグメント — 製品カテゴリ、価格帯、カスタマイズ度など。
この2軸の交差に、粗利額×粗利率を入れる。さらに理想的には、その実績を得るために使っている管理者・営業・企画のリソース量を可視化する。
例を挙げよう。ある食品卸会社で粗利グレインを描くと、こんな構造が見えた。
| 顧客 | 定番商品 | 季節商品 | OEM商品 |
|---|---|---|---|
| 大手チェーン | 粗利¥800万/年、粗利率2% | 粗利¥200万、粗利率5% | ¥0(赤字) |
| 中堅スーパー | 粗利¥400万、粗利率6% | 粗利¥150万、粗利率9% | 粗利¥50万、粗利率12% |
| 小規模商店 | 粗利¥100万、粗利率8% | 粗利¥80万、粗利率15% | 粗利¥30万、粗利率20% |
この表を眺めると、一瞬では複雑に見える。しかし営業担当者の配置を上に重ねると、パターンが明確に浮かぶ。
大手チェーン向け定番商品には営業3名が張り付いており、年間粗利¥800万を生み出している。つまり、1人当たり粗利率は¥266万/年。一方、小規模商店向けのOEM商品は営業0.5名で、粗利¥30万だ。1人当たり粗利は¥60万/年。4倍以上の効率差がある。
さらに驚くべきは、大手チェーン向けOEM商品だ。粗利が赤字であるにもかかわらず、営業が0.3名張り付いている。営業は「顧客との関係を保つため」「次の定番化の足がかりにするため」という理由で、この仕事を続けていた。
粗利グレインが答える、経営者が最も聞きたい問い
粗利グレインを描くと、経営者は3つの問いに直面する。
問1:この赤字案件、本当に必要か?
大手チェーン向けOEM商品の赤字案件。営業は「関係維持」を理由に続けていた。しかし粗利グレインで明示されると、その判断の前提が問われるようになる。
「関係維持」というのは、実は営業の自己防衛的な理由かもしれない。大手との関係を失うことへの恐怖。あるいは、短期的には赤字でも「将来の利益に転じる」という期待。
粗利グレインで赤字案件を可視化するだけで、その判断が「惰性」か「戦略」か区別できるようになる。赤字案件が戦略的に必要なら、その赤字額と期待リターンを明文化できる。明文化できないなら、それは戦略ではなく惰性だ。
問2:営業の時間配分は、本当に粗利に最適化されているか?
営業1名で粗利¥266万と¥60万という4倍の効率差があるのに、人事評価システムは「売上ノルマ達成」で統一されていないだろうか。
そういう会社では、営業の行動は必然的に「高粗利案件は成約難しいから、簡単に売れる低粗利案件に流れ」始める。営業の正当な行動選択が、企業全体の利益構造を蝕んでいく。
粗利グレインが可視化されると、組織の最適化の第二段階が見える。営業報酬を「売上」から「粗利額」へ切り替え、さらに理想的には「粗利額×実現度(営業が生み出した付加価値度合い)」で評価する仕組みである。
問3:わが社の「採算性ゼロ事業」は、なぜ存在するのか?
多くの企業には、明らかに赤字である事業や商品ラインが存在している。これらは通常、「将来への投資」「戦略的に必要」「顧客満足のため」といった理由で正当化されている。
しかし多くの場合、その正当性は実は測定されていない。赤字額がいくらなのか、それが何年続くのか、期待リターンはいくらなのか——こうした数字なしに、「必要だから続ける」という慣性で動いている。
粗利グレインを描くと、その採算性ゼロ事業が「どのセグメントの顧客に、どの商品を、どれだけ赤字で提供しているのか」が初めて見える。そして、その赤字が「戦略的に計画された投資」なのか「管理不全による漫然とした損失」なのかが区別できる。
現場で粗利グレインを実装する際の3つの落とし穴
落とし穴1:粗利率と粗利額を混同する
経営者が「あの商品の粗利率は12%だ、高利益商品だ」と言って、営業チーム全体を動かし始めるケースがある。しかし粗利率が高いことと、企業全体の利益に貢献することは別問題だ。
粗利率15%の商品を年1,000個売上¥5,000万(粗利額¥750万)と、粗利率25%の商品を年100個売上¥500万(粗利額¥125万)では、どちらが経営にとって重要か。答えは「年間の粗利額」で決まる。数字を無視した「率」の美しさで経営判断をしてはいけない。
落とし穴2:セグメンテーションが粗すぎる
顧客セグメントを「大手」「中堅」「小規模」と分けただけでは、不十分な場合が多い。同じ「大手」でも業界によって、購買行動によって、価格感度が全く異なるからだ。
セグメンテーションの粒度は、「それぞれのセグメントで異なる営業戦略が取られているか」「営業の配置が異なるか」を基準に決める。セグメント数が多すぎると管理が煩雑になるし、少なすぎるとカラクリが隠れる。
落とし穴3:粗利グレインを導入しても、組織のインセンティブが変わらない
粗利グレインを描いても、営業報酬が「売上ノルマ」のままでは、組織の行動は変わらない。むしろ、メタデータが増えるだけで、現場の混乱が増す可能性がある。
粗利グレインを実装する際には、同時に以下を整える必要がある:
– 営業の評価・報酬を「粗利額」ベースに切り替え
– 営業の予算配分と営業ノルマを「粗利額」で設定
– 経営会議の成果報告を「売上」から「粗利」へ転換
このインセンティブの整合がないと、粗利グレインは「見た目の透明性」にとどまる。
AI時代に「正規分布の粗利」から「パレート分布の粗利」へ
31人のAI参謀団を操作していて気づいたことがある。
多くの企業の粗利分布は、実は「一部の高粗利顧客・商品」が全体の粗利の大半を支えている。いわゆるパレート分布——上位20%が全体の80%を生み出す構造である。
ところが、経営者の頭の中では、その分布が「正規分布」になっていることが多い。つまり、「平均的な粗利率」「平均的な顧客」「平均的な商品」といった平面的なイメージで経営判断をしている。
しかし現実は、パレート分布だ。その分布を正規分布として扱おうとするから、経営判断がズレる。
粗利グレインを描くことで、その分布が初めて見える。そして見えると、経営者の時間配分が変わり始める。
「我が社の高粗利20%を生み出す顧客セグメント×商品セグメントに、経営資源の何%を配分しているか」という問いが、自動的に浮かぶ。
AI時代は、データ駆動の経営がますます進む。その先にあるのは、「平均」を追う経営から「分布」を見る経営へのシフトだ。粗利グレインは、その転換を具体的に実装するツールである。
粗利グレインは「経営者の時間配分原則」を決める
経営者の時間は、極めて限定的だ。判断と行動に使える時間は、わずか10時間/日程度。それを営業、商品開発、組織管理、財務、人材育成に分割しなければならない。
その有限な時間を「どこに配分するか」は、戦略と同義だ。
粗利グレインがない経営者は、その配分が「目立つ案件」「声が大きい部下の案件」「直近のトラブル」に流される。
粗利グレインがある経営者は、その配分を「粗利への貢献度」で割り切ることができる。「わが社の粗利の80%を支える高粗利セグメント×顧客にこそ、私の時間の60%を配分する」という決定が、データと理屈で正当化される。
その潔さが、組織全体を高速化させるのだ。
粗利グレイン導入の最初のステップ
ステップ1: 半年分の粗利データを整理する。顧客セグメント×商品セグメントの粗利額と粗利率を表にまとめる。
ステップ2: 営業の配置人数と営業コスト(給与、移動費、営業支援費用)を相殺して可視化。どのセグメントが営業1人当たりどの程度の粗利を生み出しているか。
ステップ3: 経営会議で「現状の粗利分布」「理想の粗利分布」「実現に必要な営業配置の変更」を議論。ここで初めて、経営陣の意思が統一される。
ステップ4: 営業報酬を売上ベースから粗利ベースに変更。同時に、営業ノルマもセグメント別に粗利目標に変える。
その後は、四半期ごとに粗利グレインを更新し、経営の最適化を継続する。
山本高資|合同会社 才有る者の楽園 代表
京都府在住。中小企業向け経営支援・AI研修を手がける。2026年4月より京都大学経営管理大学院に在籍。独自の「才有る式経営フレームワーク」を構築し、技術やこだわりで勝負する志あるほんまもん企業の伴走支援を行う。
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