結論から言えば、部門ごとの改善を積み上げても全社業績が上がらない現象は「経営の断線」として診断できる。本記事では、断線が起きる構造と、自社の断線箇所を特定するための問いを提示する。
改善した。それでも何かが変わらない。
こういう経営者の声をよく聞く。営業研修を3回やった。製造原価を5%下げた。採用基準を見直した。どれも個別の成果は出た。営業チームの成約率は上がり、現場の無駄も減り、新しく入った社員は前より地力がある。それでも今期の利益は去年と同じだ。どこかで何かが漏れている感覚がある。しかし何が漏れているかを言語化できない。
この状態に名前をつけるとすれば、経営の断線だ。変数は改善している。しかし変数と変数の間が繋がっていない。個々の部品は精度が上がっているのに、それが組み合わさったシステム全体の出力が変わらない。故障の場所は部品ではなく、接合点にある。
ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の研究は、この現象に数字を与えた。Sirkin, Keenan & Jackson(2005, Harvard Business Review)が大規模に調査した結果、変革施策の67%が失敗に終わる。その主因は努力不足ではない。変数間の連結部を設計する責任者が、どの組織にも存在しないことだ。部門はそれぞれ動いている。しかし誰も、部門と部門の間を見ていない。
なぜ足し算モデルは失敗するのか
経営の教科書は長らく「足し算モデル」を教えてきた。部門ごとにKPIを設定し、各部門がKPIを達成すれば全社業績が上がる、という考え方だ。科学的管理法の時代、工場の生産ラインでこのモデルは正しく機能した。直列のシステムでは、各工程の改善が全体の改善に直結する。
しかし現代の企業経営は直列ではなく、網状だ。営業と製造と調達と財務と人事が複雑に絡み合い、互いの判断が互いに影響し合う。この構造では、足し算モデルは機能しない。
Peter Senge は「学習する組織」(The Fifth Discipline, 1990)の中で、これを「部分最適の罠」と呼んだ。同書は全世界で200万部以上を売り上げ、Harvard Business Reviewに「過去75年の最重要経営書」の一冊として認定された。Senge の主張の核心はシンプルだ。各部門の「勝利」が全体の「敗北」になることがある。部門が自部門の指標を最適化しようとするほど、全体のシステムが歪む。
この歪みには物理的な証拠もある。Lee, Padmanabhan & Whang(1997, Management Science)が実証したブルウィップ効果は、サプライチェーンの研究として有名だが、単一企業の内部でも起きる。販売時点でわずか5%生じた需要の変動が、上流の製造・調達・在庫計画では40%の変動として増幅される。営業が大型受注を取ってきた翌月に製造が混乱し、在庫が積み上がり、翌々月には資金繰りに影響が出る。このサイクルを「営業の責任」や「製造の責任」として議論している組織は多い。しかし問題の本質は部門の能力ではなく、部門間の情報の流れ方にある。
問題は各変数の値ではなく、変数間の伝達ロスだ。
断線はどこで起きるか——3つのパターン
「経営の断線」はどこで起きるか。複数の企業を観察する中で、断線には3つの典型パターンがある。動機・情報・タイミングの順に見ていく。
断線A:動機の断線
Gallup が毎年実施する「State of the Global Workplace」調査(2024年版)によれば、世界の従業員の77%が非エンゲージ状態にある。Gallup はこれを年間約8.9兆ドルの生産性損失と推計する。
この数字の背後にある構造は、動機の断線だ。個人の目標と会社の目標が接続されていない時、人は合理的に部門最適で行動する。「自分のKPIを達成すること」と「会社全体の業績を上げること」が矛盾しない設計になっていなければ、社員は前者を選ぶ。
こういう声をよく聞く。「毎月の数字は追っている。でもそれが会社全体の利益にどう繋がるかを社員に問うと、誰も答えられない。」この組織では、改善施策をいくら打っても、現場の行動が全社目標に向かって動かない。動機がそこに接続されていないからだ。KPIの設計そのものが、断線を制度化している場合もある。
断線B:情報の断線
Bain & Companyが362社を対象に行った調査「Closing the Delivery Gap」では、衝撃的な数字が出た。「自社が優れた顧客体験を提供している」と答えた経営幹部は80%だった。しかし顧客側が「優れた体験を受けている」と評価した企業は、わずか8%だった。
72ポイントの乖離。これが情報の断線の実態だ。現場が知っていることが経営に上がらない。経営の意図が現場に届かない。それぞれの層が自分の見えている世界だけで判断している。
情報の断線は、悪意ではなく構造から生まれる。会議の報告フォーマットが定量指標しか扱わない。現場からの定性情報が「主観」として扱われ、意思決定の材料に入らない。顧客接点を持つ営業やサポートの気づきが、製品改善や価格戦略に反映されない。改善施策の効果が、こうした断線によって上流に届かなくなる。
断線C:タイミングの断線
Eliyahu Goldratt は「ザ・ゴール」(1984)で制約理論を世界に広めた。核心にある命題はこうだ。「チェーンは最も弱いリンクの強度以上にはならない。」
非ボトルネック部門をいくら改善しても、全体のスループットは変わらない。それどころか、ボトルネック以外の部門の生産性を上げると、在庫の積み上げというかたちで全体の損失に転化する。
こういうケースがある。「販売は頑張っているが、製造が追いつかない」「製造の効率は上がったが、商品が売れない」——この種のすれ違いは、改善の順序がボトルネックと連動していないことから生まれる。今期、どの部門に最も多くのリソースを投入しているか。それは今期のボトルネック部門と一致しているか。一致していない場合、そこにタイミングの断線がある。
3つの断線は同時に存在することが多い。しかし、最初に塞ぐべきは一本だ。どれから手をつけるかの判断が、次の改善施策の効果を決める。
現場から見えてきたこと
以下は、複数社での実務経験に基づく観察だ。クライアント保護のため、個別企業が特定できない形で複数の事例を再構成している。
AI参謀団を運営しながら、複数の企業の経営改善に関わってきた。その中で繰り返し目撃するパターンがある。
研修は「成果が出た」と評価される。受講者のアンケートは高く、研修後のロールプレイでは行動変容が見える。しかし3ヶ月後、その会社の業績数字は変わっていない。理由を追うと、毎回同じ構造が出てくる。研修で変わった現場の行動が、評価・報酬の仕組みと接続されていない。
新しい行動をとった社員が評価されない。あるいは、新しい行動をとることで従来のKPIが下がる。そうなれば社員は合理的に元の行動に戻る。研修の質の問題ではない。研修という施策と、評価・報酬という仕組みの間に動機の断線があるからだ。
施策同士の接続を設計しなければ、個別の施策の質を上げても意味がない。これは研修だけの話ではない。採用強化、業務改善、価格改定、どの施策でも同じ構造が現れる。接続の設計こそが、持続的な変化の条件だ。
自社の断線を特定する3つの問い
以下の問いに答えてほしい。答えに詰まった箇所が、断線候補だ。
問い1(動機の断線を確認する)
あなたの会社の社員は、自分の日々の仕事が会社の利益にどう接続しているかを説明できるか。部門のKPIと会社全体の数字が矛盾していないか。社員が自部門の指標を最大化しようとした結果、全社の利益が下がるという構造になっていないか。
問い2(情報の断線を確認する)
現場の顧客情報が毎月の経営判断に使われているか。最後に現場の声が戦略を変えたのはいつか。経営が「うまくいっている」と思っていることと、顧客や現場社員が感じていることの間に、確認されていないギャップはないか。
問い3(タイミングの断線を確認する)
今期の改善施策を並べたとき、最も業績のボトルネックになっている部分から着手しているか。それとも着手しやすいところから手をつけているか。最も多くのリソースを投入している施策が、現在のボトルネックと対応しているか。
設計の問題として捉え直す
改善した。それでも業績が変わらない——この状態を、経営の断線として捉えれば、打ち手の方向が変わる。
断線がある状態では、正しい改善が正しい結果を生まない。これは努力の問題ではなく設計の問題だ。各変数の値を上げることよりも先に、変数と変数の間の接合点を確認する必要がある。
3つの問いのうちひとつでも答えに詰まったなら、そこが断線箇所の候補だ。改善の前に、接続を確認してほしい。
「経営の設計図」シリーズはここまで、粗利グレイン、LTV価格設計、委任設計という各変数を個別に解剖してきた。変数の設計から、変数間の接合設計へ。これが#10のテーマだ。次号では、断線を塞ぐための接合点設計の具体的な手順に入る。
参考文献
- Sirkin, H. L., Keenan, P., & Jackson, A. (2005). “The Hard Side of Change Management.” Harvard Business Review, October 2005.
- Senge, P. M. (1990). The Fifth Discipline: The Art & Practice of the Learning Organization. Doubleday. (邦訳: 「学習する組織」枝廣淳子ほか訳, 英治出版, 2011)
- Lee, H. L., Padmanabhan, V., & Whang, S. (1997). “Information Distortion in a Supply Chain: The Bullwhip Effect.” Management Science, 43(4), 546-558.
- Gallup. (2024). State of the Global Workplace 2024 Report. Gallup Press.
- Bain & Company. (2005). “Closing the Delivery Gap.” Bain & Company Research.
- Goldratt, E. M., & Cox, J. (1984). The Goal: A Process of Ongoing Improvement. North River Press. (邦訳: 「ザ・ゴール」三本木亮訳, ダイヤモンド社, 2001)
※本記事の事例は、筆者の経営支援実務に基づき、クライアント保護のため企業名・人物名は架空のものを使用し、複数の事例を再構成しています。
著者プロフィール
山本高資(合同会社才有る者の楽園 代表)。志あるほんまもん企業の経営者を支援するAI経営パートナー。持続成功の方程式を軸に、構想・実行・資本の設計を支援する。京都大学MBA在学中。
